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そして、お姫様と王子様は。

*残酷描写有りです、苦手な方はご注意ください。

「ヴェル! やっぱりここに居たんだっ!」

「…………」


 ちびの<青>は、未だにちびだった。 

 

「池の前に突っ立って何してんだよ?」

「………」

 

 我の妻が気に入りだった温室は変わらずそこにあり、池には赤い観賞魚が泳いでいた。


「あぁ、それか? その金魚、おちびが気に入ってたのと同じ種類なんだ」


 赤い魚。

 それが口を水面で開ける動作に、楽しげにパンくずを丸めていた愛らしい姿が脳裏に浮かぶ。


「……あれは?」

「あれ? あのなぁ、じじい。俺様に分かるように言ってくれよ」


 ここで我は、あの人を愛し。

 ここであの人が、我を愛した。


「…………鯰」


 あの人はこの『世界』を愛さず。

 そこに存在(ある)もの達を愛した。


「鯰? あ、ナマリーナのことか! ナマリーナは湖でたくさん子孫を残して、寿命で死んだ。鑑札を回収してあるから、持ってくか?」


 あの人に寵愛されたあの忌々しい鯰は死に。

 その命は繋がり、無数に広がり散っていく。

 鯰も人も。

 その先へと進み続ける。


「いらぬ」


 だが。

 竜族の道は進むにつれ狭まり、脆くなる。

 

「せっかく、とっといたのによ~……<黒>が教えてくれなきゃ、じじいが帰ってきた(・・・・・)の分かんなかったぜ? 城に来たなら、まず俺に顔を見せろよ」


 帰って……か。

 四竜帝は皆、何故かそのように言う。

 それに対する否定も肯定も。

 我の中には、無い。


「ヴェルがジリギエと俺んとこに向かったって<黒>が言っ……あれ? ジリギエは?」


 <青>が右に顔を傾けて問うと。

 動き合わせ、青い髪が流れた。

 この<青>も前の<青>も、その前の<青>も。

 どの<青>も。

 その色は、変わらない。

 我が変わらぬように、<青>達のいろも変わらない。


「……カイユの父親の所だ」

「セレスティスんとこ? じゃ、無事なんだな!? はぁ~、良かった……大陸間転移の負荷でジリギエが怪我してるんじゃないかって、<黒>の奴が半べそかいてたんだ。ダルフェの時は、酷い状態だったもんなぁ~。だいたいさ、雑なんだよなぁ~じじいはよぉ。出来るクセに、やんねぇだけだろ!?」


 <青>は池の縁に腰掛け、我を見上げて言った。

 紅を塗ったような唇が、水鳥の嘴のようにとがる。

 幼子のようなその表情が。

 <黒>の姿に重なる。

 トラヴィク。

 新しい<黒>は、あれ(・・)と仲が良い。


「ヴェルがわざわざ連れて来てやるなんて、じーちゃんの顔を見に来ただけとは思えねぇな」 


 大陸間飛行が可能な竜族といえど。

 『移動』には四竜帝の許可が、通常は必要だ。

 だが。

 あれ(・・)にはそのようなものは不要。

 四竜帝どころか我にさえ頭を下げぬあやつが従うのは、<主>のみ。

 

「なあ、ヴェル。ジリギエはセレスティスに何の用があるんだよ?」

「用?」


 <青>の問いに。

 

「殺しに来たのだ」


 我は答える。


「なっ!?」 


 立ち上がろうとした<青>の頭を右手で押さえた。

 意識して、軽く。

 そうしなければ、頭部を潰す恐れがあるからだ。

 この<青>の頭部……顔はあの人の‘お気に入り’なので、潰すわけにはいかない。


「放せっ、ヴェル!」


 <青>は我の手を払い、立ち上がると声を荒げた。


「駄目だっ! セレスティスは死なせない! 俺がジリギエを止めてくるっ!!」


 背を向け、駆け出そうとしたので。

 我は止める事にした。

 

「待て、ランズゲルグ」

「ぐぁあっ!?」


 伸ばした腕は<青>の腹を突き破ってしまったが、かまわずそのまま引き寄せた。

 ちびな<青>の身体を抱き、身をかがめてその耳へと言葉を送り込む。


「あれの邪魔をせず此処にいろと、我は言っ……まだ言ってなかったか?」


 予定より。

 若干、上部に入って突き抜けた我の指には<青>の臓腑が引っかかっていた。


「…………」


 まあ、よしとしよう。

 多少臓腑が痛もうと、竜帝ならば死ぬことは……少々やりすぎたが、完全に(・・・)死ぬことは無い。

 仮死状態にするつもりだったので、これはこれで良い。


「なぜお前は止めるのだ? なぜ止めたのだ?」


 我は問うた。


「ランズゲルグよ。お前も我を置いて逝くではないか」


 この<青の竜帝>が。

 『世界』から消えるのは、我にとってはそう遠いことではない。

 ランズゲルグは去り、新たな<青>が現れる。

 神ではない我には、このちびな竜を留めおく力は無く。

 ただ、その背を眺めるだけだ。

 

「……聞こえておらぬか。ほぼ死んどるので、仕方が無いな」


 竜騎士よ。

 青の竜騎士よ。


 我はお前の『首輪』を外し、野に放つ。

 好きなように駆け、好きなように飛ぶがいい。


 さあ。

 しばしの間。

 お前は自由(・・)だ。


「どこまでも、愛しい者を追うが良い」


 セリアール、<青の竜帝>よ。

 黄泉でお前に会ったであろう<黒の竜帝>より、もう聞いたか?

 友であったベルトジェンガの言葉を訊き、 お前は自分の思い違いを知っただろう。


「セレスティスよ」


 セリアール。

 お前の竜騎士は<先祖返りの化け物>などではなく。


「お前こそ、滅びゆく竜の“始まりの楔”」


    




 僕とジリギエが刃をあわせたのは竜騎士団本部近くにある鍛錬場だった。

 ここは竜騎士以外は基本的に立ち入り禁止なので、城内の竜族に見られる可能性が低い。

 同族同士の殺し合いは、竜族の間では禁忌とされている。

 そんなのは『表の部分』を飾る、奇麗事にすぎないけれど。

 僕はともかく、未来あるジリギエを同族殺しとして衆目に晒すわけにはいかない。

 

「ねぇ、ジリ。あの時(・・・)はね、陛下が僕を溶液に入れたから死ねなかったんだ。我ながら無駄に強い生命力だよ……放っておいてくれたらさすがに僕だって、死んだんだけどね」


 刃をかわしつつ進み、斬りかかっても見事に刃を止められる。

 それを数回繰り返した後、僕はジリギエから数歩下がった。

 刀を握りなおしたジリギエが、父親譲りの緑の瞳を細める。 


「おぢい? どうしたの?」


 あの日。

 僕はその場で、この刀で首を斬った。

 裂かれた母親にすがるカイユの目の前で。

 父親として最低のことを、僕はした。

 僕は父親である前にミルミラのセレスティスであり、フェルティエールのイザだった。


 僕を濃度をあげた特別な溶液に入れながら。

 死ぬ事は許さないと、あの子は……<青の竜帝>は言った。

 <主>の命。

 そして、僕は死ねなくなった。


「うん。いいねぇ、ジリギエ。オフ達だったらもう手足が無くなってる頃だよ」

「そうかなぁ? まぁ、おっさんにしごかれてるからね。父様、おっさんに見せて(・・・)おいてくれたんだ」

 

 ダルフェ。

 君の『剣』はちゃんと息子に受け継がれてる。

 愛する者達のために、君は<監視者>までも最大限利用した。

 さすがだよ婿殿。

 “父親”として、僕は君に完敗だ。

 

「なるほどね。ふふっ、おっさん……か。やっぱりあの人(・・・)がお前を連れてきてくれたんだね?」


 幼竜のジリギエに単身での大陸間移動は、まだ無理だ。

 それに。

 この感じ(・・・・)……この感覚。

 僕は知っている。

 前にも一度、あったから。

 

「うん。おっさんが術式で転移してくれたんだ。手足はちょん切れなかったけど、身体の中がぐるんぐるんしてすんご~っく気持ち悪くて、食べてきたお昼ごはんを全部吐いちゃった!」

「ふふっ、そんなんで済んで良かったじゃないか。ダルフェの時は酷かったからね……<色持ち>だから助かったんだ、お前だったら死んでるよ」

「父様と比べないでよ。ジリは普通の(・・・)竜騎士なんだもん」


 ぷくっと頬を膨らませて言う姿は、ミルミラによく似ていて。

 僕の顔は緩み。

 僕の心は軋んだ。

 

普通(・・)ねぇ……ふふ、まぁそういうことにしておこう。……ジリ、覚えておくといい」

「おぢい?」


 僕は刀を自分の顔の前へと寄せ。


「僕等竜族の雄はね」


 刃に映る、自分の顔を見た。

 そこにはミルミラが選んでくれた色があった。


「愛することに理由はいらないけど、生きることには理由がいるんだよ」


 あのティアラを飾る石は。

 僕のこの瞳。

 

「陛下にも……ランズゲルグにも、そのうち分かる。だから、あの子を責めないで……ジリギエ、僕の始末(・・)が終わったら、急いで陛下を助けに行ってあげてね? <監視者>殿が<青の竜帝>を殺しちゃったみたいだから」


 愛する人が現れた時。

 あの子も、それを知るだろう。


「え!? おっさんが陛下を……おぢいっ!!」


 その一瞬は。


 待ち焦がれた瞬間。


 自分の意思で。

 動いた。

 動けた。


 刃を、自分の首へ。

 軽く引くだけでいい。


 良く斬れる、この刀は。

 陛下(・・)が僕にくれたんだ。


「おぢ……自分でっ!?」


 死ぬことが許されない僕。

 それが僕への罰だと思った。 

 僕は君を守れなかった。

 初めて手を繋いだあの日、君を守ると約束したのに。


 許される資格など、僕には無い。

 なのに。

 君に許して欲しいと願ってしまう、君に祈ってしまう。

 そんな自分に唾棄する日々。


「おぢっ……あ……やらなきゃ……頭……再生できないように……ジリが、ジリがっ……おぢいを」


 今、僕の視界に広がるのは。

 地を染める鮮明な赤。

 最後に見た、君の色。


 君は真っ赤で。

 気に入りの大きなリボンを飾った髪も、おろしたてのピンクのワンピースも。

 全てが真っ赤だった。


 赤は。

 この赤は。

 大気を染めて広がるこの赤は。


 君への。

 君へと続く、目印。


 あぁ、だから。

 見失わないように、僕の眼に色が戻ってきたのだろうか?


 これは。

 君が憧れてた、あのお城へと続く。

 僕を導く、赤い絨毯。


 あの時渡せなかったティアラを、今度こそ君へ贈ろう。

 そして、君にまた求婚するんだ。


「お……おぢいっ、約束したのに……陛下が来る前にやらなきゃなのにっ……足がっ、足が動かないよぉおおおっ!!」


 君のつがい名が。

 僕等を結ぶ、魔法の呪文。


 もう。

 声にはならないけれど。

 ミルミラ、君には聞こえるはずだから。


「なにをしている、幼生。お前が出来ぬならば我がそれ(・・)を踏み潰すぞ?」

「あ……おっさん……やめてっ、やめてよヴェルヴァイド! ジリのおぢいなんだっ……ジリがっ、ジリがやるんだ!」

 

 フェルティエール。

 僕の愛しいお姫様。


「おぢっ……おぢい、おぢい!」


 君が

 僕の


「ジリはっ、ジリはおぢいが大好きだよっ……」


 僕が

 君の


 --約束よ? セレを私の王子様にしてあげる。その代わり、私をセレのお姫様にしてね? ずっと、ずっとよ……。


 うん。

 王子様とお姫様は。

 いつまでも一緒なんだよね?

 

「だから、できるよ! ジリがおぢいをっ……」


 君の好きだった、あの童話のように。

 深い深い森にあるお城で。




「さよなら、おぢい」




 君と。

 永久(とわ)に眠ろう。


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