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第17話

「セレのばかぁああああ~っ!!」

 

 俺は見た。

 ピンク色の凶器が描く軌跡を。


「なんで、竜珠くれないのよぉおおっ~!!」


 ミルミラが振り下ろした傘は俺の頭に音を立てて当たり、曲がった。

 

「……ひでぇなぁ。傘で殴るなんて、お姫様がしていいのかよっ!?」

「まだお姫様修行中だからいいの! あー、お気に入りの傘が壊れちゃったじゃない! なんで避けないのよぉおおお!」

「え? ごめ……うわっ!」 


 立ち上がろうとした俺を、再び傘が襲い掛かる。

 俺なりに気を使って避けなかったら怒られたので、今度は避けた。


「あ、なんで避けるのよ!?」


 俺が避けたので曲がったピンク色の傘は地面に激突し、曲がりを通り越して二つ折り状態になっていた。


「は?」


 お前……避けても怒るのか?


「そんなにその傘が大事なら、それで叩かなきゃいいんじゃないのか? ほら、貸せって」

「む~ん……」


 俺は立ち上がり、二つ折り状態の傘を持って頬を膨らませているミルミラの手からそれを奪った。

 持ち手が兎の頭部型の傘は非常に使い難そうで、これを金を出して買う人種がいることに少々驚いた。

 だが、それは口に出さず二つ折りの傘をまっすぐに戻し……。


「……っれ?」

「あっ~!」


 俺の力が強すぎたのか、この傘が粗悪品なのか。


「折れちまった……ごめん、ミルミラ」


 二つ折りが二等分へと変化してしまった。

 これはもう、修理不可能だな。


「……うさぎさんの傘、ピンクのは限定品なのに……セレが悪いのよ、竜珠くれないなんて言うから……」


 恨めしげに俺を見つめるミルミラに、俺の心臓がばくんと小規模爆発を起こした。

 俺の竜珠が欲しい気持ちからの傘での殴打。

 これはこれで、正直……嬉しい。


「最後まで話を聞けっ! あのな、ミルミラ。お前に竜珠やって名付けしたら、俺は蜜月期の雄になっちまう。だからここでじゃなくて、違う場所で落ち着いて……」


 蜜月期の雄……つまり、発情状態だ。


「なんで?」

「なんでって……」


 蜜月期の雄の状態には個体差がある。

 俺がどんなふうになるかは、俺自身にも分からない。

 いきなりここでこいつに襲い掛からないなんて保証は無い。


「お……おとなの事情っつーか……。とにかく、続きは俺の部屋でしよう! お前も俺も、泥だらけだから風呂に入ろう? な、頼むからそうしよう!」


 いや、正しくは自信が無い。

 自分を抑えられるか、俺には……。


「む~ん、よくわかんないけど。確かにお風呂は入ったほうがいいかも……髪の毛、ばきばきする」


 ミルミラは俺が折ってしまった傘を右手で胸に抱き、左手で泥のついた髪に触れた。

 視力の弱いこいつには見えてないみたいだが、ご自慢のドレスは泥で汚れたうえに所々破けていた。

 勢い良く、何度も転んだんだろう。

 蜜月期が終わって落ち着いたら、新しいドレスを買ってやろう。

 スキッテルの店にも行かないと……あ。

 カッコンツェルのあれ(・・)、持ってかえってくんの忘れたな。

 取りに行く余裕は、今の俺には無いので気づかなかったことにした。


「ほら、部屋までおぶってやるよ」

「いや」


 ミルミラに夜道を歩かせるわけには行かないので、そう提案した。 

 だが、即効却下された。


「……あのなぁ」

「おんぶ、いや。お姫様抱っこがいい!」


 ミルミラは俺を見上げ、謎の単語を口にした。

 期待に満ちた目に、俺は罪悪感を感じた。


「ごめん……俺、それ分からない。教えてくれ」


 期待に応えられない物知らずな自分に内心で蹴りを入れ、訊いた。

 

「え~? 知らないの!? もう、しょうがないわね。これからは私が王子様についていろいろ教えてあげるわ! 特別にあのご本を貸してあげるから、お勉強してちょうだいね?」


 あの絵本でって……あれかよ!?

 白いタイツとかぼちゃのパンツ。

 あれが俺のお手本なのかっ!


「王子様……勉強……う、まぁ、ぼちぼちな」

「うふふ、セレったらお口のすみっこ‘ぴくっ’てなったわよ? さあ、お姫様抱っこを教えてあげる。え~っとね……腕をこうして……」


 ミルミラの手取り足取り的(ちょっと違うか?)な‘指導’により、俺は無事に『お姫様抱っこ』をマスターした。

 腕の中から俺を見上げる泥だらけのお姫様は、俺にもたっぷりと自分の泥をくっつけてくれた。

 俺の着ているのは制服だから、水をぶかけりゃ綺麗に落ちるので問題無しだ。


「セレが力持ちでよかった!」

「力持ち? まぁ、普通の雄よりは力があるかもな」


 泥だらけのお姫様のドレスは濡れて重みが増していたが、それでも俺にとっては猫の子を抱き上げるのと大差ない。


「……ねぇ、セレ。セレスティス」

「なんだ?」


 宿舎へと歩き出した俺の胸を、心臓の上をお姫様(修行中らしい)がとんとんと叩き。


「王子様とお姫様はずっと一緒に、幸せに暮らすのよね? だから私、絶対にお姫様になるの……ずっとずっと、あなたといられるように……」


 甘えるように俺に身を寄せ、目を閉じて……祈るように囁いた。






 ミルミラを抱え……お姫様抱っこして宿舎へと早足で歩きながら、俺はあることに気が付いた。


 --やべぇ、風呂場は血だらけだ。


 徹底的に手を……ちょっとばかり骨が見えちまうまで洗った結果、脱衣所も風呂場の床も俺の血で汚れて……あ、そっか。

 俺が先に行って、ぱぱっと血だけ掃除してくればいいのか!

 駆け足で階段を上り、泥だらけの‘お姫様‘をお姫様抱っこで、部屋へと連れ帰った。

 震えだしたミルミラを毛布で包みベッドに座らせ、箪笥からタオルを数枚出し手渡し、手早く照明器具の壁にあるスイッチをいれ……たが点かない。

 ずっと使ってないので、天井からぶら下がるそれは壊れていた。

 俺は仕方なく、カッコンツェルがくれた青銅のランプに火を点けた。


「わあ……ランプの灯り、素敵ね」


 毛布の間から出したミルミラの顔が、火ならではの柔らかな光りに照らされる。

 それは顔中いたる所についた泥さえも、計算されつくした化粧のように思わせてしまうほどの大人びた美しさをまとい、ミルミラは俺へと微笑を向ける。

 艶やかで妖艶とさえ思える表情。

 俺は数秒ほうけたように見入り、そんな自分に気づき慌てて視線を逸らした。


「セレ?」

「えっとだな、廊下に出て右手に歩いて突き当たりに風呂場があるんだ! 俺のせいで汚れてるから、先に風呂に入りながら片付けてくるからっ、ちょっと此処で待っててくれ!」

「ちょ、セレ!?」


 俺は着替えとタオルを箪笥から適当に引っ張り出し、自分の血で見るに耐えない状態であろう風呂場へと駆け出した。

 俺は風呂場に制服のまま突進し、湯船の湯を桶に汲んで雑巾を持ち、血だらけの脱衣場の床の掃除を開始した。

 壁に備え付けられた姿見には、四つん這いで床を拭く姿。

 それを見て、そこに映る俺を見て。


「ぶっ……ははは、俺も顔に泥っ……!」


 愛しい雌竜の移り香なんて色気のあるものじゃなく、俺の顔には移り泥。

 こみ上げる笑いには、幸せの気配。

 

「ははっ……俺は此処で笑ってばかりだな」


 脱衣所の床を拭き、風呂場の湯を確認した。

 かけ流しの湯であることが幸いし、白濁のそれに血の色は無かった。

 俺は頭部に湯を10回ほどかけ、制服を来たまま洗い流し……かなり適当に泥を落として風呂場を後にした。

 




 濡れた髪と制服を拭きながら部屋へ戻った俺を見て、ミルミラが首をかしげた。

 ベッドの上で、毛布に包まったままコロコロと転がりながら……その姿は小動物そのものだった。

 竜族は大型な生物だが、もしミルミラが竜体になったとしても手のひらサイズなんじゃないか?

 有り得ないけど、あっても不思議じゃないような……。


「青い騎士服のままね……お洋服、他に無いの? お部屋の窓にカーテンも無かったし、セレってもしかして……」


 その哀れむような視線に、俺はなんとも表現し難い気持ちになった。


「……違う、俺の貯金残高は竜騎士団トップだ。カーテンがねぇのは開け閉めが面倒臭ぇから。制服のままなのは、顔と頭だけ洗ってきただけだ。だから脱いでねぇんだよ。ほら、これ貸してやるから風呂に入ってこい。タオルは脱衣所に置いてきたからそれを使え」


 俺は手に持っていた着替えを……綿のシャツを蓑虫状態のミルミラに差し出した。


「うう、ちょっと寝ちゃった……はぁ~い、お風呂行ってきます」


 ミルミラは毛布から脱皮するかのようにもぞもぞと這い出し、俺からシャツを受けとると頭を左右にふらふら揺らしながら風呂場へと向かった。

 人間程度の視力しか無いミルミラでも問題無く歩けるように、最近は存在さえ忘れていた常夜灯を俺は点けておいた。

 出力を通常より高めにし、真昼のように明るい廊下をミルミラは時々つまずきながら進んだ。

 確かに眠たそうだ……あの短時間で居眠りなんて、緊張感皆無だな。

 あいつ、俺達がこれからなにすんのか分かってんのか?


「まあ、あいつらしいけどな……」


 ミルミラが無事に風呂場のドアを開けて中に消えるまで廊下で見張って、いや、見守っていた俺は。


「……溺れたりしないよな?」


 少々心配になった。

 

「…………泳げないって、言ってたよな?」


 結局。

 俺は風呂場のドアの前に突っ立って、ミルミラが溺れてないか聞き耳をたてて待つことにした。

 他人から見たら変質者かもしれないが、俺はいたって真面目だった。




 


「ぶっ!?」


 風呂場のドアが内側から引かれ、思いのほか早くミルミラが出てきた。

 当然ながら、ミルミラは俺のシャツを着ていた。

 着古した紫のシャツなのに。

 ミルミラが着ていると、春先に咲くスミレの色のように見えた。


「あら、セレ。どうしたの?」


 濡れた前髪を指で摘みながら、ミルミラは首を傾げた。


「え、あ、あぁ。迎えに……迷子になったらと……まあ、近いから迷う要素ねぇけど、一応っつか……」

「迷わないわよ。ここからセレのお部屋のドアが見えるもん。廊下をまっすぐ歩くだけでしょ?」


 長い袖を捲くりもせずそのままで、脱いだドレスをタオルに包んで抱きかかえていた。

 シャツの裾からは、裸足の……ほっそりした足。


「セレは心配性なのね。さ、お部屋にもどりましょう!」 

  

 ボタンが3分の2行方不明のシャツなので、ミルミラが歩くと……うわっ、みみみっ見えてるぞっ!?

 

「ミルミラ……俺っ、その、そんなシャツしかなくてごめん! わざとじゃないんだっ!!」


 ぺたぺたと裸足のまま、俺の前を歩き出したミルミラに謝った。

 俺は手持ちの服が少ない。

 他のシャツも似たりよったりで、ボタンがきちんと揃ってるものなんか……。

 

「確かにぜんぜん可愛くないシャツだけど、そんな謝ることないわ……わざとってなぁに? あれ? お顔、真っ赤……大丈夫? お熱あるんじゃない?」

「いや、全く平気だぞ! 問題無しだ!」


 うん、買おう。

 俺は服を買うぞ!

 振り返ったミルミラの俺を気遣う言葉と視線は、俺にボタンの重要性を教え、そして衣類の大量購入を決意させた。


 




「ミルミラ」

「なぁに?」


 真鍮のドアノブに小さな手が触れる前に呼び止めた。

 俺は振り向いたミルミラの顔を覗き込むようにして、視線をしっかりと合わせてから言った。


「あのな、ミルミラ。俺がお前に竜珠やって名付けをしたら、俺達は子作りするんだ。繁殖行為……交尾って分かるか?」


 ミルミラは妊娠可能な成竜だが、幼少期の境遇が心身に強く影響している。

 本人はそれを‘ダメな竜’と言っていたが、俺はそうは思わない。

 普通とは若干異なる手順になってしまったが、竜珠を俺に与え、名付けもできた。

 出産は竜体でする……竜体になれないと言っていたが、時間をかけて学べば変化できるようになるはずだ。

 

「うん。言葉は知ってるわ! それをすると、私は母様になれるんでしょう?」


 言葉は、か。


「ああ、ミルミラは母様になれる」

「じゃあ、セレは父様ね! 私達の赤ちゃん……すごく楽しみ!」


 ミルミラは大きな目を輝かせて言った。

 それはまるでランプの灯りのように、俺の中にある迷いと恐れを照らした。


「そうか。楽しみ、か」


 ミルミラは、耐えられるんだろうか?

 子を作る行為を、受け入れられるんだろうか?


「あのな、ミルミラ」


 ミルミラの左手を、俺の右手で包み込むようにして握った。

 風呂上がりの肌は温かく、瑞々しくて……互いの肌が求め合うように馴染む。

 

「セレ?」


 ミルミラの養父母は陛下の消した過去(・・)の事があるから、それを連想させるような……性的な事に一切触れずに育てたのかもしれない。

 <青の竜帝>の記憶の消去。

 記憶を完全に消すものなのか、思い出せない状態にするだけの暗示のようなものなのか。

 もし暗示系のものだったら、俺はミルミラの身体に触るべきじゃない。 

  

「……俺、わからねぇんだ」


 なのに、俺は。

 俺は、ミルミラに触りたいんだ。

 俺の子を産んで欲しいと、思ってる。

 

「え?」

 

 もう、駄目なんだ。

 俺はこの手を、離せない。

 だから、もう。

 嘘はつかない。

 弱くて臆病で、情けない俺だけど。

 この心を、想いをお前に……。  


「俺、竜族の雌とはしたことない。今まで自分からしたいって、思ったことがねぇんだ。だから……正直、どうして良いかわからないんだ」


 相手がミルミラだと思うと、戸惑いと不安が俺の中に渦を巻く。

 ミルミラを傷つけたくない。

 この小さな身体を、俺は壊してしまわないだろうか? 

 ミルミラに怖がられたくない。

 蜜月期の雄竜になった俺が、薬を打たれた時みたいな行動をとったりしたら?

 俺が触れたせいで、記憶が戻ったりしたら……。


「……良かった~っ! ふうっ」


 笑った。

 ミルミラはふにゃりと顔を崩し、笑った。

 そして心底ほっとしたように大きく息を吐いてから、自分の手を握っている俺の右手を胸へ……心臓の上へ導いた。


「えっと、あのね! 私もよくわかんないから、どうしようかなって思ってたの! 2人でわかんないなら、ちょうどいいっていうか……なんか、嬉しい」


 俺の手の甲にあたる柔らかな膨らみから伝わる鼓動が、気持ちを真っ直ぐに伝えてくれた。

 駆ける音は、跳ね上がる想い。 


「……ミルミラ。それ、貸してくれるか?」


 脱いだドレスを包んだバスタオルの間から、ぺろんとだらしなく床へと伸びたピンクの物体を引き抜いた。

 ミルミラのデカリボンだ。


「いいけど、何に使うの?」

「ここに結ぶんだ」


 風呂場で泥を落としてきたデカリボンは、濡れて色味が増していた。

 可愛らしいピンク色は濡れたことで変化し……可愛らしさを捨て、濃密な色合いへと変化していた。


「……あれ?」


 ただ結んでおくだけじゃ目立たないので、蝶結びにするつもりだった。

 出来上がったのは、なんとも不恰好な蝶とは縁遠いモノだった。


「私がやってあげるわ、これ持っててね」


 バスタオルで包んだドレスを俺に渡し、手早くリボンを結び直した。

 手馴れたそれに、いつも自分であのデカリボンを装着(……ちょっと違う気もするな)しているのだと分かった。

 左右のバランスの良いピンクの蝶が、真鍮のドアノブを飾った。

 このリボンは……。


「これ、何か意味があるの?」

「どう見たって俺の物じゃねぇからな。これを見りゃ、どんな阿呆だって分かるだろう?」

「何が分かるの?」

「何がって……。そうだな、これは……しばらく仕事は休むって意思表示になる」


 なんてのは、遠まわしな言い方で。


 ーーー子作り中につき、邪魔したら殺す。


 が、正解だな。


「ふ~ん……わかったわ! これでお知らせするのね、セレはがんばって赤ちゃん作ってるから、お仕事に行けませんって!」

「……お前って、何気にすごい事言うよな」


 蜜月期の雄は、同族にさえ牙を剥く。

 近寄らない・近寄らせないが暗黙のルールだ。

 

「と、いうわけで。ミルミラ」

「え? なに……きゃあっ!?」


 結んだリボンの左右のバランスを整えてたミルミラの膝裏に腕をいれ、一気に抱き上げた。

 教えてもらった“お姫様抱っこ”だ。

 抱いたまま部屋へ入り、ベッドに上がる。


「セレ、く……んっ!」


 視線を合わせ、何か言いかけた唇に噛み付くように口付ける。

 有無を言わさず侵入し、舌先を使って奥の奥へとそれを押し込んだ。


「ん、んんーっ!?」


 蜂蜜色の瞳が見開かれ、次の瞬間ぎゅっと閉じられた。

 それはすっぱい果物を齧った時のようで……初めて見た表情。

 一瞬一瞬がもったいなく、見逃せない。

 この腕の中の愛しい人は、これからどんな表情(かお)を見せてくれるんだろう?




「フェルティエール」




 浮かんだそれが、言葉になる。

 最初からそこにあったかのように、俺の中から現れる。

 

「フェ、フェフェテ?」

「フェルティエール」


 それはあまりに自然に。

 天に太陽と星があるのと同じくらい当たり前で。

 冬が過ぎれば春が来るくらい当然で。


「フェ、フェフェ、フェルティエール! 私はフェルティエールなのね!」


 竜珠を与え、名付けをした俺は。

 俺達は。

 つがいになった。


「素敵な名前をありがとう、イザ!」

「…………ん?」


 竜珠を交換し互いに名を付け合ったのに、俺の内面には心配していたような劇的な変化が起こらない。

 想像していたのと違う……そのことに少々戸惑い、俺は次の行動に移れず動きが止まってしまった。


「……」 

「セレ? ……えいっ!」

「うわっ!?」


 俺よりずっと小さなミルミラが、竜騎士であるこの俺をべッドに押し倒した。

 いとも簡単に。

 驚きのあまり固まった俺の腹に馬乗りになり、ミルミラはその手を俺の両頬に添え。

 ゆっくりと……ゆっくりと顔を近づけた。


「あなたが、好き」


 唇が触れ合う寸前にミルミラが言った言葉が。

 俺を蜜月期の雄にした。


 ドアノブに結んだデカリボン。

 それを俺が解く時には、きっと完全に乾いているだろう。

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