プロローグ
その日は。
この眼に、僕の世界に。
鮮やかな色が戻ってきた。
待ちに待った僕の死神が、世界の色を引き連れて降り立った。
それは、僕の可愛い天使。
ごらん、ミルミラ。
君にも、見えるかい?
瞳の色は、父親から受け継いだ鮮やかな緑。
男の子にしては大きく可愛らしい眼は、君とよく似ているね。
君と同じ、柔らかなラインを持つ栗色の髪。
あの唇の形なんて、そっくりだ。
「待たせちゃって、ごめんねおぢい」
ううん。
予想より早かったよ。
「あの約束。果たしに来たんだ」
まだ幼竜のお前が、ここまで強くなるなんて。
僕は本当に、良い孫に恵まれた。
「男の約束だから、ジリは今まで誰にも言わなかったよ? 母様にも言わなかった。えらかったでしょう?」
得意げに微笑むその表情。
小石を仕込んだ雪の玉を僕の顔面に当てた時の、君とそっくりだ。
吃驚するほど、同じだね。
「陛下がおぢいを溶液に入れても、絶対に再生できないようにしてあげる。ジリがおぢいの頭を落として、踏み潰してあげるから……おぢいは、なんの心配もいらない」
陛下の命で、‘死んではいけない‘僕は。
死なないために、全力でお前と刃を交わすだろう。
「ああ、ジリはえらかった。強いし、とっても良い子だ。それに頭もいいね……竜騎士の中でも特殊個体である僕の処分方法を、ちゃんと分かってる。さすが、おぢい自慢の孫だ」
ああ、僕はやはり<竜騎士>。
手加減せず闘えることに、心が踊り。
脳髄が熱くなる。
ジリギエ、お前は強い。
刀を抜かず、1人も殺さずにここまで辿り着いた。
僕が育てた<青の竜騎士>は、誰一人お前を止められなかった。
<先祖返りの化け物>。
先代陛下にそう言われ続けたこのおぢいより、お前は強い。
ジリギエは勝ち、僕は負けるだろう。
「……さよなら、おぢい。御祖母様によろしくね」
白刃が。
朱塗りの鞘から現れた。
僕を本気で仕留める気だから、お前は刀を抜いた。
僕は全力で抗わなくてはならないから、鞘を捨てた。
戦える悦びと。
死ねる幸福。
それを与えてくれた。
金の魔王。
貴女に感謝を。
「うん。さよなら、ジリギエ」
カイユ。
父様は先に逝く。
約束、守るんだよ?
お前は、泣くな。
お前を泣かせたら、父様は母様に怒られちゃうからね。
我侭言って、ごめん。
ごめんね、カイユ。
「あ、1つ訊いていいかい?」
「なあに? おぢい」
ねえ、ミルミラ。
君に会えたら。
「僕、ちょっと老けちゃったけど。まだ王子様に見えるかな? 顔に皺もできたし……昨日なんて、オフランがこの頭に白髪をさらに5本も発見したんだよ!? おぢい、大ショックだったんだ」
久しぶりに、君のつがい名を呼びたい。
久しぶりに、僕のつがい名を呼んで欲しい。
「ジリにはおぢいが世界一の‘王子様‘だよ。姉様だって、そう言ってたもん!」
そして、僕にキスして。
知ってた?
君からキスしてもらうのが、僕は大好きだったんだ。
「ふふっ、世界一の王子様か。安心した……ありがとう」
王子様とお姫様は。
いつまでも一緒。
2人でずっと幸せに暮らすものだって、君の本に書いてあったよね?
君の好きだった、あの童話のように。
深い深い森にあるお城で。
「……では、始めようじゃないか。<白金の竜騎士>よ」
君と、永久に眠ろう。
<登場人物説明>
おぢい(セレスティス、セレ)……2代の【青の竜帝】セリアール~ランズゲルグに仕えた竜騎士。
ミルミラ……セレスティスの‘つがい’。
ジリギエ(ジリ)……セレスティスの孫。娘のカイユと<色持ち>の竜騎士ダルフェの間に生まれた子供。幼少時に「じ」と「ぢ」が使い分けられず「おぢい」と呼んだのが定着し、いまだに「おぢい」を使っている。
オフラン……青の竜騎士。セレスティスの部下。