第七話 プロローグ? そのご
「さて、さっさとやっつけちゃいますかね」
網戸を確認して窓を開ける。すると、真夏とは思えないほど気持ちの良い風が入ってきた。さすがは十九階の高層マンションである。
(風は気持ちいいのに、空気を入れ替えても、散らかったものは直らない、っと)
別にあれこれ置きっぱなしで食べ残しなどが腐っているとか、そういうのはない。だがたまに遭遇する、床やベッドの上へ無造作に転がっているインナーの類い。これを拾い集めるために、布手袋を填めたわけである。
(最初は恥ずかしかったけど、慣れたもんだよね。まったく……)
いくら家族のものとはいえ、直接触られたなら千鶴でも複雑な気持ちになるだろう。そう思って一八は気を使っている。
なんとか回収し、近隣のクリーニング店に依頼をして、できているものをもらってくる。その後、ウォークインクローゼットにある整理ダンスへ、アウターだろうとインナーであろうと気にせず収納している。これまで千鶴からクレームが来たことは、ないのも不思議であった。
(物持ちいいというか、捨てられないというか)
洗濯かごに洗濯物を詰め込むと、床がやっとみえてきた。いつもこうなることが予想できるからか、この部屋でロボット型の掃除機の運用は諦めている。だからこうして、一八自ら掃除をすることになってしまうのだ。
(我々はこの床の色をけっして忘れないだろう、……だよねこれじゃ)
ベッド専用のハンディ掃除機でざっと吸い取ると、新しいシーツを敷いていく。角を出したりはしない。その後、床用の優秀な掃除機で一気に掃除をする。最後に、スチームクリーナーを軽くかけて除菌も完了。
「こんなに綺麗にしてるんだけどね。どうして五日ともたないんだか……」
テーブルの上をざっと拭き掃除して、書籍などは棚に戻していく。机の上にあるものも、全て元の場所へ戻す。上を綺麗に拭き掃除をすると、掃除は完了。
(四日もすればまた元通りーっと)
ゴミを市指定の袋に入れて、玄関に置いておく。この部屋にキッチンがなくて心底良かったと思っていた。
洗濯物を洗濯かごからずた袋に入れ直し、二つ抱えてゴミ袋も持つ。部屋の鍵をかけて、エレベーターで一階へ。外へ出て左折、建物の並びにあって四軒離れた、比較的低い建物の一階にそれはある。
「八重寺です。いつもお世話になっています」
「あら? 一八ちゃんじゃないの? もう戻っていたのね?」
カウンター越しとはいえ、一八がかるく見上げてしまう相手との身長差。かるく百八十センチ以上はありそうな長髪の女性、実は仕草も柔らかな『おねぇ』である。胸元も豊かで、くびれもしっかり見える。声はハスキーヴォイスだけど、どこから見ても女性。
優しくて面倒見も良くて、頼れるクリーニング店の店主さん。名を長谷川太一。実に男らしい名前ではあるのだが、胸元に『たいちゃん』と書いてあるネームプレートがそれを緩く感じさせてしまう。
「はい。さっき戻りました。これとこれ、お願いできますか?」
「千鶴ちゃんのね?」
「はい。僕のは自分で洗ってますから。アイロンがけもできますからね」
「千鶴ちゃんのも、一八ちゃんが洗ってしまえばいいのではなくて?」
「いえその、とんでもなく高価なインナーのはずなので、神経質になりながら洗濯するほど、マゾっ気はありませんから」
「いいわぁ。その女子力と判断力の高さ。うちのお店に欲しいくらいだわ」
うちのお店というのは、彼女が経営している夜のお店。この建物自体、彼の持ち物で最上階にラウンジがあるのだ。以前から一八は、将来そこの支配人にならないかと打診を受けているのであった。