第六十七話 敵地到着
今朝は、電車に乗らず直接空を飛んできた。
「スマホの地図も正確だね。これなら大きな地図を広げなくてもいいから。……ま、どっちでもいいや」
(こういうところが年相応で可愛らしいのですよね)
一八が地図を元に方角を割り出して指示。吽形がそれに合わせて飛んでくれている。
時速で言えば百キロ前後。遠回りになる山手線の速度よりも早く、直線距離をひとっ飛びできるというわけであった。
思ったよりも早く目的地へ到着した。高度を落とし、『隠形の術』で姿を消す。窓から中を窺うと、まだターゲットは入室していないようだ。
「さすがに吽形さんでも、あいつがどこにいるかなんてわからないもんね」
『申しわけありませんね』
「ううん、僕の下調べが足りなかったんだ。吽形さんのせいじゃないよ」
一度屋上へ上がってもらう。裏口と屋上ヘリポートが見える場所に腰掛けた。
「まさかヘリコプターで通勤とかはあり得ないし、正面から入る目立ちたがりでない限り裏口から入りますよね? だってほら」
今日はどんより曇り空。風もそれなり以上に吹いている。それを指差してくるくる。
『あぁ、カツラが風で飛んだら大変なことになるでしょうからね』
「よくわかってますねー」
ある意味、今の一八は狙撃手みたいなもの。ターゲットが現れるまで、じっと待つのも任務なのである。
「そういえばさ、この地球に吽形さんたちみたいな人っていないんですか?」
『微妙に丁寧なことばが混ざっていますよ。緊張されているのですね。その質問にお答えするのであれば、いますよ』
「え?」
『東京にはいない。だけですが』
「あ、あぁ。聞き方が悪かったんですね。じゃない、悪かったんだ」
『無理しないでもいいです。丁寧な言葉使いが、もしかしたら一八さんの素の状態なのかもしれません。ワタシが無理なお願いをしてしまったのかもしれませんね。話を戻しますが、魑魅魍魎の類いになると、ワタシたちでは関知できませんので』
「そんなのもいるの?」
『ワタシたちが存在できているのです、いると思ったほうが精神衛生上よろしいかと』
「なるほどね。いると思ったほうが驚かないで済む。先手を取られないで済むってことね。……ということは、ターゲットはただの人間。裏で怪しい存在が操っている可能性は低い?」
「人間の悪い人が操っていたなら、わかりませんけどね。ただ、そのような者には負けるつもりは更々ありませんので、ご安心を」
「ありがとう――あ、あれ、あの黒塗りの車から出てくる無駄に風に揺れてるロン毛の茶髪」
『えぇ。おそらくはターゲットでしょうね』
「おぉっとぉ、おさえてるおさえてる。飛ばないようにおさえての入場だ」
『どこの格闘技の入場アナウンスですか?』
「鋭いツッコミありがとうございます」
すると『ゴロゴロ』と雷の音が聞こえる。かなり大きな雷雲が近づいているようだ。これは面白いシチュエーションになりそうだ。
「いい雰囲気だね。例の作戦にはさ」
『えぇ、そうでございますね』
「それじゃさ、この鍵、開けられる?」
『このブロックを斬り落とすことは可能ですが』
吽形の言うブロックとは、実際に鍵をかける金属製の四角い部品、『デッドボルト』のことである。
触手の先が手になっている状態から、人差し指の爪を伸ばして上から下に滑らせると、鈍く何かが折れるような音がする。
『開きました』
「ありがとう」
手を伸ばそうとしたとき、
『ちょっと待ってください。指紋が残ってしまいます』
なんというしたたかさ。吽形は侵入の証拠を残さないように、触手の手でドアを開けてくれた。
「ありがとう。今のうちに『隠形の術』で姿を消しておいて、と」
ドアを開けるとすぐに下りの階段になっている。
「思ったよりも急じゃないね。ヘリポートもあるくらいだから余裕あるのかも」
『そうですね』




