第六十五話 現地調査と千鶴からの報告会
「お母さんと同じ世代の女性の俳優さんで、あの会社ヒビキ・エージェンシー株式会社のトップに表示される人、あぁこの人」
『箱崎麗華 三十一歳』
「うん。お母さんが三十歳だからね。この人、僕でも知ってる。バラエティの司会からドラマにも出てる俳優さん。化粧品会社の一世館製薬だったかな? それのCMにも出てるからね」
十四年前の、一世館製薬イメージキャラクター。そのオーディションで小さな記事が見つかった。選考中に事故があり、再度二ヶ月後にオーディションが行われて、箱崎麗華が選ばれている。
「そのとき亡くなったのが、あぁ。駄目だよ。いくら僕でも血が沸き立ってくる……」
『「期待されていた新人女性俳優の八重寺絵梨佳さん、帰らぬ人となる」、なるほどこれはいただけません』
それは新聞の小さな記事だったそうだ。伯母、絵梨佳の死亡記事。伯父、史人のことは何も書かれていない。おそらくは、なんらかの圧力がかかった可能性もある。もしくは、祖母の静江がなかったことにならぬよう、記事として残したのかもしれない。
スマホをUSBケーブルでノートパソコンと接続させ、撮ってきた写真をダウンロードする。
最初に現れた男性の写真を画像検索にかける。すると、ヒビキ・エージェンシーの副社長で、武田重成。東京相互銀行の副頭取だった経歴がある。
「これってどういう意味なんだろう?」
『あくまでも一般論ですが、この男性、武田さんは、おそらく銀行から出向しているのでしょう。それだけこの銀行がこのヒビキ・エージェンシーに出資している。勝手なことをさせないために、出向という形で副社長に据えられているのかもしれませんね』
「よく知ってるね」
『それは年の功というものですよ。伊達に千年生きていませんからね』
吽形は、一般常識からこのような深い知識まで実に博識だ。まるで一八の家庭教師のように、色々なことを教えてくれる。
「あとはこの女の人。この人だけ出てこないんだよね」
『もしかしたら、この会社の従業員かもしれませんね。社長秘書などの』
「あ、そういう考え方があるんだね。うん、勉強になるな……」
一八は屋上の写真を見始める。渋谷で最初に登ったビルとは違い、屋上に上る準備のされている設備がある。丸く円がかかれており、Hの文字が中心にある。おそらくはヘリポートが備え付けてあるのだろう。そこに止まるヘリコプターが自社のものなのか、それとも銀行の名義なのかはわからない。少なくとも、屋上からあの部屋へ行けるのは間違いないはずなのだ。
「潜入ルートは決まったね」
『えぇ、今夜にでも入りますか?』
「ううん。お姉ちゃんに報告して、一緒に考えてもらうよ。もちろん、阿形さんの協力も必要だからね」
『そうですね。あの人の力は、こういうときに役に立ちますから』
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その夜、千鶴の部屋。
「やーくんつかれたーしんじゃうー」
「どうしたの、お姉ちゃん」
「あのねあのね、江田島貿易薬品工業側の担当さんがね――」
今回の滞在は明日を含めてあと二日。明後日から学校が始まってしまうので、どちらにしても帰らなければならないのである。
それで今回は、次回に行う撮影の予定を打ち合わせしてきたらしい。
「それでね、次の日曜日にね、沖縄でロケをやりたいっていうのよ」
「え? 沖縄で?」
「うん。それもね、八重寺島で、もうあそこしかないでしょ?」
「どこ?」
「多幸島」
「あのねぇ……」
「だって、大々的に宣伝するなら、あそこほどインパクトのあるでしょ?」
「まぁそうだけどね」
『あー、とりあえずだな。千鶴君の身に危険はない。今のところはだがな』
「ということで、お姉ちゃんからは以上です」
来週は東京へ来ない可能性が高い。来るとするなら再来週。それなら、と一八は思った。




