第六十三話 あれはちょっと
『隠形の術』をかけたまま吽形に飛んでもらっている。そのため、下から見ても、ビルの窓から見られても、一八たちの姿を確認することはできない。
「さいっこー。たのしー。あ、そこを五度ほど右側にね」
『無邪気かと思えば細かいですね』
「いえいえ、どういたしまして」
楽しそうにしているのは、やせ我慢ではなく本心のようだ。幸い、一八に高所恐怖症の気はなかったらしい。
「どれだけ速度が出てるんだろう――あ、GPS拾ってるから速度が出てるね。八十二キロだってさ。んー、さっき乗った山手線の最高速度が六十六キロだから、一点三倍くらいかな? うん。歩くとかだと比べものにならないね。車だって高速道路じゃないとこんなに出せないから」
『なるほど。それなり以上に早いわけですね』
「そだね、ありがとう、吽形さん」
一八は口調を変えても、すぐに感謝のことばをかけてくれる。それが嬉しく思えてしまうのはきっと、彼が吽形たちの眷属だからかもしれない。
『いいえ、どういたしまして、……あ、GPSはこちらの情報を持って行きませんか?』
「どうだろう? わからない」
『安全のため、切っておいてもらえますか?』
「うん」
『上空を飛べば、地図と照らし合わせることで位置はわかるとおもいますので』
「ありがとう。GPS、切ったよ」
『今後考えられる安全策で、スマホも考えなければいけませんね』
一八は地図を出しながら、スマホをぐるぐる回して位置確認をしている。
「この道をそのまま真っ直ぐ。うん、そこで斜めに右側へ。少し行ったところで左に曲がってまた右。ほんっと沖縄みたいに筋道が多いんだな。一方通行じゃないのがまだいいけど。あー、それでも細い道も結構あるね」
『次はどちらに?』
『あ。大丈夫。そのまままっすぐ行けば、突き当たりに、……うーわ。あれはわかりやすい』
一八が言うように、ビルの最上階のガラスの上に、赤いLEDライトで縁取りをした、下品な感じのする社名、『ヒビキ・エージェンシー』とカタカナで書いてある。
『あれはワタシがみても、どうかと思いますね』
「うん。かっこよくないなー。えっとカメラアプリ出して、横にしてと――」
少し遠くからそれなりの数、四面全てと屋上の写真を撮りまくった。
「あれ? 最上階にこれまた趣味の悪い部屋が見えるよ」
『ちょっと近寄ってみますか?』
前に千鶴に手伝ってもらい、『隠形の術』を使っている際、カメラで撮したらどうなるか? 実験をしたことがある。
「実際は、移らなかったんだよね。明らかに工学迷彩に近い状態。完全なこの世界にはないオーバーテクノロジー的な何かなんだろうね」
『そうですね。ワタシたちがそのものですので』
「うん。褒めてるんだよ?」
『わかっていますよ。声がそうですからね』
窓に張り付くようにして中の様子をじっと見る。最上階にいるということは、少なくとも幹部クラスの者だろう。この状態でカメラを使っても、音すらしない。フラッシュを焚いても気がつくこともない。さすがは完璧な認識阻害である。
「どれどれ、ぱしゃり。ぱしゃり。またぱしゃり。……僕ってさ、吽形さん」
『なんでしょう?』
「犯罪行為に手を染めていないかな? 盗撮だよね、これはもう」
『これは正義を行うために必要な調査である。そう思うしかないですね』b
「うん。……あれ? あのヘルメットみたいなのってなんだろう?」
『あぁ、鬘ではないでしょうか?』
「え? カツラ?」
『これからお客さんが来るのか、それとも外出するのかはわかりません。ですがほら、頭に乗せていますよ。いわゆるロン毛という髪型なんでしょうか? 宝田さんがそうでしたね。あの方よりも、見た目は良いように見えます、が、カツラではどうなんでしょう?』
「僕はかぶらないでスキンヘッドのするのがいいと思います。スキンヘッドの俳優さんでもかっこいい人かなり多いですからね」
『それは人それぞれ。あの方はそうではないようですね』
「うん。若い? いや、あの人がもしかしてあそこの社長だとしたら、確か年が三十代後半だったはずなんです。あぁ、だから今は若く見えるわけなのかな? 確か、松任谷響という人だったっけ?」




