第五十六話 正義の味方として
「お姉ちゃん」
一八は手を握ってと差し伸べた。彼の表情を見ると、先ほどまでの楽しさが感じられない。だから何も言わず手を重ねた。
(阿形さんも吽形さんも、お婆ちゃんの話、覚えてるでしょ?)
『あぁ、あの胸くそ悪い話か』
『この人の言い方は悪いですが、ワタシも同意見です』
一八の言う話というのは、一八の伯母であり千鶴の本当の母である八重寺絵梨佳が巻き込まれ、夫と共に命を落とすことになった事件のことである。
千鶴は何も言わずに聞いている。一八が相談しようとしている意味がおそらくわかっているのだろう。
(阿形さん、吽形さん)
『あぁ、言わなくてもわかっている』
『解決したいのですね?』
(はい。僕はヒーローに憧れています。なりたいんです。だから困っている人を放っておけません。それが家族であるなら余計にです。お婆ちゃんを、お母さんを、お姉ちゃんを、苦しめる原因を作ったかもしれない、あの会社の社長を調べ上げ、首謀者の居場所を突き止め、あらいざらい吐かせて、自首をさせる。それができるのは、僕たちだけだと思うんです。どうです? 手伝ってもらえませんか?)
『おう』
『ワタシにできることであれば、なんなりと』
(やーくん。……ありがと)
(まだ解決してないから。もう、今週の末かな? 東京にいく用事があるでしょう?)
(うん)
(お姉ちゃんがお仕事をしてる間に、僕たちは僕たちの任務を果たす。だから安心して、報告を待っていて欲しいんだ。どうかな?)
『いいだろう。オレが力を貸そう』
『相手が我々のような存在でなければ、それほそ怖がることはないかと思います』
『あぁ、これまでに、怪しいと思えるのは数軒だけだからな』
(え? それってどういうこと?)
そんなことはわかっているだろう? と言わんばかりに阿形は先を手のひらにした触手で一八の頭を撫でる。
『我々の様に、宙域を渡ってこの星へ来ている可能性がゼロではないということだ。敵か味方かはわからないが、任務の邪魔をしないでおいて欲しいところだな』
『えぇ、そうですね』
(それって? え?)
(やーくん、あのね、おそらくだけど、東京ではなく関東近県に、ご当地ヒーローか、ご当地ヴィランと言えばいいのかな? いわば、阿形さんたちのような存在に力を借りるか、利用してか、それで悪事を働いている者も、いるかもしれない。可能性はゼロではない。それが言いたいんだと思うよ)
『あぁ、正解だ。冷静だな、千鶴君』
『そうね。まったくのゼロではないと思うの。だから一八さん、ワタシたちがいるからといって、油断はしないほうがいいと思うのね』
(はい。わかりました。お姉ちゃんもありがとう)
(ううん。わたしたちのことを思ってくれているんでしょう? わたしのほうがありがとうって言いたい。うん。やーくんはやっぱりヒーローね)
(うん。そうありたいと思ってる。こんなに特別な力を手に入れたんだ。それは正しいことに使わないと駄目。それにさ、ヒビキ・エージェンシーが悪事を働いたなら、その時代からこれまでの東京には、正義の味方がいないんだ。だからヒビキ・エージェンシーの社長が好きなことをできてる)
『あぁ、そういうことになるだろう』
(それなら僕が、真相を暴いて正さないといけない。そうじゃないともし、絵梨佳伯母さんが偶然に起きた事故じゃなく、意図的に起こされた事故で殺されてしまったのなら、それこそ間違いは正されないといけないんだ。それが、僕がヒーローになるために必要なこと。そう思ったんだ)
遅くなるまでこうして阿形と吽形は何ができるかという話しが続いていく。午前零時を過ぎて、お開きになったのは言うまでもなかった。




