第四十八話 それ聞いたら駄目なやつ
食べ過ぎた。そう思ってギブアップした一八。それでも少ししたら苦しくなくなる。
(これってもしかして、阿形さん吽形さんのあれかな?)
二人の眷属であることにより、再生や回復が食べ過ぎに効果が出てしまっているのかも知れない。また食べられそうだと思っても、実際は食べた分は胃に残っている。もし肥満が再生などに効かなかったとしたら、大変なことになる。そう思って我慢する。
(お姉ちゃんの食べっぷり見ちゃったら、ちょっと胸焼けしてくるんだよね……)
テレビの大食い選手権のような食べっぷりとは言わないが、千鶴はひたすら淡々と食べる。それも美味しそうに。これであの体型が維持できているのだから、それこそヒーローだと一八は思ってしまうだろう。
千鶴と一八はお茶を飲み、隆二と日登美はお祝いだからとビールを飲んでいる。ここで一八は、数日にあった表の話し――阿形と吽形の係わった話しではなくて――を思い出してみる。
すると一カ所だけ腑に落ちない部分があった。目の前に二人ともいたから、つい、聞いてみたくなってしまったのである。
「あのね、お父さん、お母さん。僕、知りたいこと――ううん。知らないことがあるから、教えて欲しいんだけど」
「どうしたんだ?」
「そこはほら、私よりも頭の良い、あなたに任せるわ」
そう言って日登美は隆二の頬にキスをする。
「仕方ないなぁ。それじゃ、何でも聞いてくれていいよ」
「あのね。お婆ちゃんってさ、映画俳優だったんでしょ?」
「あぁ、そうだね」
「でもなんでお母さんは俳優にならなかったの?」
「それはほら、双子のお姉さんの――」
「あなたっ!」
「すまん。そういうつもりじゃなかったんだ……」
「え? お母さんって、双子のお姉さんがいたの?」
日登美も千鶴も、テーブルの上に突っ伏してしまっている。おそらく何かがあって顔を見られたくないのかもしれない。
「あーなーた。あとでお説教ね」
「はい。ごめんなさい」
「あのね、一八が中学三年生になった話そうと思ってたの。でも仕方ないわ。千鶴、いいわね?」
千鶴は突っ伏していた顔を上げた。何やら無理に笑みを作っているようにも見える。
「そうよ。『いた』、の。私にはね、絵梨佳という双子の姉がね。絵梨佳は千鶴のお母さんだったのよ」
「……え?」
「絵梨佳はね、ほんの数年だけモデルや俳優の活動をしてたわ。でもね、ある事故で亡くなったの。そのときにね、助けようとした旦那さんの史人さんも一緒に巻き込まれて亡くなったわ。あれは千鶴がまだ、一歳になる前だったわ――」
その後、静江が千鶴を育てると行ったのだが、日登美がどうしてもと言って引き取ることにした。千鶴が大きくなったら事実を教えて、自分の籍を自分で決めるように、養子縁組はしていなかった。
千鶴は、一八の右手をぎゅっと握っていた。震えていた。
実際、千鶴は実の母絵梨佳と実の父史人を知らない。全然覚えていない。この家に来たとき、一歳に満たなかったから仕方がないといえばそうなのだろう。彼女にとって、父といえば隆二で、母といえば日登美であった。
一度リビングから出て、すぐに日登美は戻ってくる。彼女が手にしていたのは、一冊の雑誌だった。表紙にある日付は、今から十四年前のものである。
雑誌の下にあったのは、アルバムだった。現在のようにスマホで完結するような写真ではなく、フィルムの入ったカメラで撮られたもののようだ。
「この子、彼女がね絵梨佳。どう? 私そっくりでしょ? 髪はね、私がずっとやってあげていたの。今の一八と千鶴みたいにね」
日登美と生前の絵梨佳が並んで撮ったと思われる写真。何枚かページをめくっていくと、小さな赤子を抱いた絵梨佳が出てくる。
「この子がね千鶴なの。隣りにいるのが、史人さんよ。絵梨佳を支えるために、わざわざマネージャーになったくらいに愛妻家だったのよね。でもたった半年。あんな事故さえなければねぇ……」




