第四十三話 オーディション
東京プリンセスホテル、三階にある多目的ホールで、化粧品メーカーの江田島貿易薬品工業が、来年からのイメージキャラクターを選抜するためにオーディションが開催されていた。
すでに九人が自己紹介から、簡単な演技とセリフを言う共通課題をこなしていた。千鶴は十人目のエントリーになっている。
舞台袖ではメイク担当の宝田、マネージャーの斉藤が見守り。観覧席では、静江と喜八、一八が見守る。
「では、最後のエントリーとなります。沖縄生まれの沖縄在住。中学三年生の十五歳。ではよろしくどうぞ」
夏らしい清楚な金魚の柄の浴衣に身を包んで、髪を上げて登場。舞台の中央に立つと、
「龍童プロモーション所属の八重寺千鶴です。どうぞ、よろしくお願いいたします」
一八のことを頭に思い浮かべると、千鶴は自然と優しい表情になっていく。簡単な演技のあと、少し長めのセリフをすらすらと、自然な口調で口ずさんでいく。
『――それはそうよ。日焼けには気をつかっているんですもの』
舞台の横に設置された百インチ以上あるモニターに映し出された
千鶴以外の九人ほどエントリーした女優の卵からタレント、モデルに至るまで。彼女らの担当マネージャーは誰もが思っただろう。『一番最初にでてくれなくて良かった』と。千鶴の存在があまりにも、圧倒的だったからである。
『二千二十x年、江田島貿易薬品工業イメージキャラクターに選ばれたのは、エントリーナンバー十番。龍童プロモーションの八重寺千鶴さんです』
スポットライトが照らされた。千鶴は『え? うそ?』という表情。もちろん、演技である。
「ありがとうございます。家族も喜んでくれていると思います。お父さん、お母さん、見ていますか? ――」
夕方のニュースで放映され、それを那覇の店舗で見ていた日登美は高笑い。自宅の一階喫茶スペースで見ていた隆二は頬をつねっている。そんなことがあったそうな。
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十階に用意されている、控え室の代わりのシングルルーム。宝田、斉藤、一八に千鶴。祖母の静江は用事があるからと忙しそうに。喜八の運転するンタカーで出て行った。
お酒の代わりに、ジュースで乾杯が行われていた。
「「「「おめでとう」」」」
「ありがとうございます」
「さすがは千鶴ちゃんよ。最後の最後であの威力。アタシ、驚いたわ」
「そうですね。他のマネージャーさんたち、頭を抱えたと思いますよ」
「お姉ちゃん、ほら、テレビでもやってる」
『二千二十x年、江田島貿易薬品工業イメージキャラクターに選ばれたのは、龍童プロモーションの八重寺千鶴さん。沖縄在住、十五歳の中学生三年生で、なんとあの、映画俳優だった八重寺静江さんのお孫さんなんです――』
中継をしているアナウンサーが、カンニングペーパーらしきものを見て驚いている。
「私もこれは驚いたわ。でも何気に社長とも繋がりがあるのよね」
「私なんて驚いたとかそんな問題じゃなかったんです。その日のうちに会うことになってしまって。飛んできた社長が土下座をするまであったんです。私もさせられましたけどね……」
「斉藤ちゃん。打ち上げよ。幹事は任せたわ。マネージャーの仕事だもんね?」
「仕方ないですね。とにかく社長に稟議を――」
するとスマホの通知に高山貴子と言う文字が表示される。
「どうしましたか? 高山さん。あ、そうそう、高山さんも祝勝会にでま――」
『警察からね、来てほしいって連絡が入ったんです』
「なんと……」
祝勝会は後日、龍童プロモーション本社ビルで行うことになった。渋々帰って行く宝田。斉藤は、千鶴と一八を乗せて、車を警察署へ向けるのだった。




