第四十二話 実はね実話です
『千鶴さんは、ワタシたちのような存在がいて、驚く方でしょうか?』
(ううん。きっと、喜ぶと思う。そういう物語も、番組も、映画も大好きだからね)
『それでしたら、約束を守ってもらう前提で話しましょう。味方は多いに越したことはありませんからね』
(約束を守らないとおばかにされちゃうって言っておこう)
『うふふふ。それはいいかもしれませんね』
一八は少しだけ離れて、千鶴の目を真っ直ぐに見た。
「お姉ちゃん」
「ん?」
「約束してくれる? これから話すことは、命をかけて誰にも言わないって」
「うん、いますぐやーくんにわたしの全部をあげるよ」
「いやいやそうじゃなくて」
『いわゆる『ヤンデレ』というものでしょうか?』
(なんでそんなこと知ってるの? うん、それっぽい要素があるのは否定できないけど)
「僕があの、ヒーローです」
「え?」
『一八さん、テーブルに移りましょう』
(そうだね)
「お姉ちゃん、こっちきて」
「う、うん」
一八が素直に認めたから余計に、千鶴は疑心暗鬼に陥っているのだろうか?
テーブルの椅子を引いて『ここに座って』と促す。素直に千鶴は座ってくれた。隣りに椅子を持ってきて、一八も座る。
『一八さん。テーブルの上に両手を、手のひらを上にしてもらえますか?』
「うん」
「え? どうしたの?」
一八はあえて、口に出して返事をする。
ややあって徐々に、一八の手のひらの表面からにじみ出るようにして、何かが姿を現した。
「え? あれ? もしかしてやーくんの水槽にいたあの子?」
そのまま吽形は、口を閉じたシーサーのような腕組みをした吽形像の姿に変化する。
「あ、吽形像、見たことあるわ」
「お姉ちゃん、僕みたいにテーブルの上に手を置いて」
「う、はい」
吽形は触手のひとつを千鶴の手のひらの上にそっと乗せる。
『初めまして。ワタシの名は吽形。一八さんの――』
吽形は、これまで一八との間にあったこと。事故のような偶然で、一八が眷属となってしまったこと。などなどとりあえず阿形のことは置いておいて、話すことにしたのだった。
←↙↓↘→
『――おわかりになられましたでしょうか?』
「……はい。にわかには信じられませんが、目の前にいるあなたを信じない心の狭さではありませんから」
「お姉ちゃん、僕を見ててくれる?」
『どうされるのです?』
(こつ、わかっちゃったんです。これをこうしてっと)
目の前にいたはずの一八が、足下からすうっと消えていく。
「え? え? やーくん?」
「これがね、吽形さんから教わった術のひとつなんだ。だからあのとき、姿を消していられたんだよ」
「すごい、すごいわやーくん。……あ、ところでわたしもその――」
『残念ながら、ワタシたちはひとりしか眷属を持つことができません。解除する方法もわからないものですから、一八さんが亡くなったあとであれば可能かと思われます』
「そうだったんですね。諦めます。わたしは指令のポストでいいんですっ」
「リアル指令やるつもりだ……。あ、お姉ちゃん、時間、大丈夫?」
壁掛けの時計にある時間は、午後三時になろうとしていた。するとノックする音が聞こえる。
『あの、すみません、龍童プロモーションの斉藤です。こちらに千鶴さんはいらっしゃいませんか?』
「あ」
「あ」
『ここで一度、お開きですね』
「とにかくですね、吽形さん。やーくん」
「ん?」
『はい』
「吽形さん、命を救ってくれてありがとう。立派なヒーローだったよ。やーくん」
『いいえ、どういたしまして』
「えへへへ……」
「やーくん、オーディション、見に来てね?」
「うん。見てるよ。吽形さんと一緒に」
「強い味方がいるみたいね。頑張るわ」




