第四十一話 あれれ?
一休みしたらレストランで昼食をとると告げて、部屋に戻ってきた。ベッドに身体を投げ出すと、ぼそっと呟いた。
「――ふぅ。ありがとう。楽しかった、かな?」
『第一声がそれですか?』
(だってさ、ヒーローと同じ気持ちになれたんだよ? そりゃ、背中は痛かったけどさ。疲れなんて吹っ飛んじゃったよ。もともと疲れてないけどね)
『確かに、今の一八さんには疲れただなんて、ナンセンスですよね』
(でもさ、なんでお姉ちゃんのほうを僕に行かせたの?)
『確かにワタシでも千鶴さんを守ることはできました。ですが、犯人を取り逃がす可能性もあったのです。あの場で一番の策を考えるのであれば、手分けをしてあたるのがいいかと思いました。もちろん、あの程度であれば、怪我にもならないと信じていましたので』
そのとき、コンコンとドアが叩かれた。一八はドアスコープを覗く。するとそこには、何やら神妙そうな表情の姉、千鶴の姿があった。
鍵を開けて中へ招き入れる。するとすぐに抱きついて、抱え上げて、お姫様抱っこして、ベッドに座ってしまった。一八はいつものように、もがいて抜け出し、隣りに座ることにした。
「――怖かった」
「うんうん」
「お姉ちゃん、人に羨ましいと思われているのは知ってるけど」
自覚はあるんだ、そう一八は思った。一八は目隠れすだれキノコ風ヘアスタイルにしているのは、目立ちたくないからである。
「うん」
「死んでもいいと思えるほど、恨まれたことなんてなかったから」
「うん」
それはそうだ。あれがもし、複数頭に落ちてきたら、首に落ちていたら。怪我ではすまない。明らかにそれ以上を望んでいなければ、あのようなことはできない。
「さっき、高山さんから事情を聞いたらね、理解できなくはないの」
「うん」
「お姉ちゃんはね、別にアイドルさんに、女優さんに、タレントさんになりたいわけじゃないの。お婆ちゃんがそういう仕事を過去にしていたことは知ってるわ。でもそうしたいと思ったことはまだなかったの」
「うん」
「でもね、いずれお姉ちゃんは、お婆ちゃんの後を継いで村長さんになるときがくるのね。それまではね、八重寺島の観光大使をするつもりだった。沢山の人にね、綺麗で楽しい八重寺島へ遊びに来てほしい。それはお婆ちゃんと同じ気持ちなの」
「うん」
「だから、このお誘いを受けたのね。もちろん、お婆ちゃんに相談はしたわ。お婆ちゃんは『ぜひお受けしなさい』と言ってくれるのはわかってた。お姉ちゃんはね、ヒーローになれないからヒロインになりたいという願望はあるの。いつか、子供たちに『ガンバレって言いましょう』と伝えたいなって思っているのね」
ただ好きなだけではなく、そこまで考えていた。千鶴は尊敬できる姉だった。一八は嬉しくなってきた。
『いいお姉さんですね』
(うん)
再びこちらを向いて、千鶴は一八を抱きしめた。襟元、頭、あちこちすんすん、すはーすはーと、大きく深呼吸するかのように匂いを嗅いでいる。
「それでねやーくん」
「うん?」
「さっきのあれ、やーくんでしょ? どうやったのかはまったくわからないけど」
「え゛?」
『どういうことでしょう?』
(いやわからないってばさ)
一八も吽形も、千鶴の言っている意味がちょっとわからない。そもそも、見えているわけではなく、声も替えている。夜の買い物をした際に、ホテルから抜け出るときに確認したように、認識阻害の効果は絶大のはず。
「背中からね守ってくれてね、『動かないで』と『そこの女が犯人です、あとはお好きなように』と言ってくれたわたしのヒーローさんは、やーくんの匂いがしたの」
「え? え?」
「わたしがやーくんの匂いを間違うわけないわ。毎日嗅いでるんだから」
『あれれ? ……まさか、匂いが阻害できていないとは思いませんでした。申しわけありません。ワタシの落ち度でした』
(え? そんなぁ……)




