第二十九話 彼女は元気にしているかしら?
東京プリンセスホテルのエレベーター内。千鶴と一八の後ろに立つ斉藤。エレベーターの到着階が気になって仕方がない。
だが、一八が階数ボタンがあるパネルの前に立っているため、何階が押されたのかがよく見えない。その間も、階数表示器はカウントアップされていく。二十を超えたあたりでふわりと特有の感覚が訪れる。すると二十五で階数表示が止まった。
エレベーターのドアが開くと、先に一八が降りる。ドアが閉まらないように手で押さえて、千鶴たちが降りるのを待つ。降りたのを確認すると、小走りで千鶴についていく。一号室についた途端、内開きのドアが開いた。
千鶴が入り、一八が入る。
「いらっしゃいませ、斉藤様。どうぞお入りください」
その後すぐに、聞き覚えのある男性の声。間違いなく喜助の声だ。一八はつい笑いそうになってしまう。平然としている千鶴の被っている猫はさすがだと一八は思っただろう。
「は、はいっ、失礼致します。私、龍童プロモーションのチーフマネージャを務めさせていただいております。斉藤真奈美と申します。お忙しい中、お時間をいただき、ありがとうございます」
斉藤の後ろのドアが閉まるが、誰もいない。もちろん、喜八は一八たちの前にいる。お辞儀から戻って頭を上げた斉藤は唖然とする。
「いらっしゃい。永来ちゃんはお元気かしら?」
あちらの世界から戻ってきたかのような、ぽかーんとした表情の斉藤。即座に戻って
「し、失礼致しました。その、失礼ですがもしや、……八重寺静江様ではありませんか?」
「えぇそうよ。この子、千鶴の祖母でもありますけどね」
とんでもない偶然を引いてしまった。斉藤にとって千鶴は、トランプの中のジョーカーどころではない。
なにせ、斉藤の雇い主である龍童プロモーションの社長は、現役の女性俳優、龍童永来である。おまけに静江は元有名な映画俳優であり、龍童永来の師匠的存在の先輩でもあったわけだ。
テーブルに案内され、コーヒーを出された斉藤は、まだ緊張していた。その間に、どこかへ静江は電話をかけている。
「あら久しぶり。覚えてるかしら? 静江よ」
『せ、先生ですか?』
受話器から漏れんばかりの声が聞こえる。
「あら嫌だ。まだそんなに耳は遠くなくってよ? えぇ、それでね、あなたのところの斉藤真奈美さんって言ったかしら? 彼女がね、今、ここに来ているの」
スピーカーのボタンを押して、受話器を置いた。
『ど、どちらでしょうか? 何か、失礼を働いたわけでは?』
「東京プリンセスホテルの最上階よ。今こっちに来ているの」
『すぐ伺います。今しばらくお待ちください』
するとすぐに電話が切れてしまった。
「あらまぁ、相変わらず気の早い子ね?」
そう言って口に手を当て、微笑む静江だった。もちろん、斉藤は顔面蒼白。再度固まってしまったようだ。
静江が電話をかけてから、二十分とかかっていなかったはずだ。インターフォンが鳴り、フロントから来客があったことが告げられる。そこには和服に身を包んだ、大御所俳優でもある龍童永来本人が到着しているのだった。
「それで、お二人はあれでしょう? うちの千鶴を預かりたい、と?」
「そんな話しをしたの?」
「いえ、まだ伺いもたてていません」
「どうしてこんな話しになっているのよ?」
「まぁまぁ、落ち着きなさい。千鶴」
「はい。お婆さま」
「広告塔だと思って頑張りなさいね?」
「はい。頑張ります」
静江と千鶴の間で推測のレベルではあったが、『スカウトされた』と仮定してすでにメールでやりとりが終わっていたのである。
「私の孫娘を、よろしくお願いするわ」
「は、はいっ。誠心誠意、売り出させていただきます。先生っ」
その場に立ち上がって、静江に誓う龍童だった。こうして、千鶴もまた芸能界に係わることとなったのである。




