第二十一話 やっぱり駄目でした
足を止めて汗を拭く。水を飲んで一息ついた。阿形と吽形がいるから慌てて父隆二、母日登美、姉千鶴に相談する必要はないだろう。ただある程度だがわかってしまった。
しばらく全力で走り続けたのだが、疲れがそれほどない。あれだけ全力で走ったにもかかわらず、軽い筋肉痛にもなる感じがない。
足が速くなったわけではないが、持久走などの運動だと違和感がはっきりと出てしまうだろう。これが間違いなく、阿形と吽形の眷属になった結果だ。
(これだけ走っても、足がだるくなったりしないんだ。これも駄目でしょ?)
いくら小学六年十二歳の一八でも、駄目だということは自覚できる。油断して目立った時点で、注目されてしまうのだ。なぜなら、千鶴から借りた漫画などに、同じようなシチュエーションが起きる、主人公の葛藤があったからだ。
別に夢が絶たれた瞬間でもなかったからか、一八は『ま、いっか』程度にしか思えなかったのは幸いだったかもしれない。
汗をかくと喉が渇く。それ自体が変化したわけではない。だからボトルが空になる前に戻らなければならない。一八はまだスマホを持たされていないから、家族を心配させないために、付き添いの家族がいない場合は早く帰らなければならないのである。
一八は別に落ち込むことなく家に戻ってくる。
「ただいまお父さん」
「おかえり。一八くんは、明日からの準備はできているのかな?」
「これからだよ。僕はほら、そんなに持って行くものもないし」
「そうなんだね。それならあとで、千鶴ちゃんのを手伝ってあげるといいよ」
「うん。お姉ちゃんは『あれ』だからね……」
「そっか。まだ直ってなかったんだね……」
隆二も知っていたのだろう。千鶴その見た目に反してずぼらな性格だということを。
一八は部屋に帰ってきた。そのまま鍵を閉めて、水槽の前にある椅子に座る。水槽の縁に両手を乗せて準備完了。すると、阿形も吽形も触手をそっと乗せてくれた。
(ただいま。阿形さん、吽形さん)
『あぁ、おかえり。でいいのかな?』
『お帰りなさい。一八さん。これでいいんですよ、あなた』
(それでですね、早速ですけど、僕の身体に起きていることを調べてきました――)
あれこれ、『かくかくしかじかはちはちたこたこ』という感じに、
『やはりそうだったのですね。確かに一八さんの解釈は間違ってはいません。ご負担をかけてしまって、本当に申しわけありません』
『申し訳ない。一八君……』
(いいんです。吽形さん、阿形さんも)
『なぜですか? スポーツ選手になるという夢を持つのは普通ではありませんか?』
『あぁ、そうだな』
本当に、長年この八重寺島を、この島の人たちを見守ってくれていた。それほどの理解度だと一八でも思っただろう。
(いえ、その。僕はほら、もうひとつのパターンだったりするんですよ。例えば、女の子だったら『魔法少女になりたい』と思ったりですね)
『確か、日曜日の朝に放映されているテレビ番組、でした?』
『そうだな。「ニチアサ」だったか? となると、一八君もその「魔法少女」――』
もの凄く俗っぽい知識も持ち合わせていた。
(いえいえいえ、そっちじゃなくて。僕はヒーローに、正義の味方に、なりたいと思っていたほうなんです)
『戦隊ものだと、人数が足りないからな』
『なるほど、戦隊もののヒーローではなく、海外映画的なヒーローなのですね?』
(あははは。阿形さんも吽形さん、よく知ってるね)
なんという特殊な理解度。一八は思わず、苦笑してしまった。
(あ、そうだ。忘れていました)
『どうしたのですか?』
(僕、今夜から明明後日まで、こちらにいないんです。お姉ちゃんと一緒に東京に行くんですね)




