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5話



「───えっと、それで不可思議さん、さっきのBくんの話を聞きたいのですが」


 僕はご満悦の彼女に対し、さり気なく話を切り出した。


 「ん?Bくんの話?えっと────あぁ!Bくんの話だね!」


 「あの……もしかして忘れてました?」


 「まっさかー!忘れてないよ。そろそろ切り出してくるだろうって思ってたよ」


 いや、今明らかに忘れただろ、という言葉が反芻したがその言葉を飲み込んだ。 


 「───ごっほん!では、さっきの続きの前に軽くおさらいしてから、本編に入ろうじゃないか。───まず始めに、東京都に行って来たというZくんが居ました。Zくんは皆に東京都の事を話しました。その話を聞いた中にはAくんという人が居ました。話を聞いたAくんは東京都に向かいました。だけど残念な事に、着いた場所は埼玉県でした。」


 ───何故、彼女は唐突に昔話みたいな口調になったのだろう。


「けれどAくんはなんと、埼玉県を東京都と思い込んでしまい、あろう事かそのまま観光してしまったのです!────っと、ここまではあってるかな?」


「そうですね」

  

 そう答えたと同時に僕は思った。

 彼女のボケを気にするのはもうやめようと。


「なら、ここからの話はその後の事だ。Aくんは無事に東京都から帰ったあと、皆にこう言った。『いやー、僕は自力で東京都に行ってきた。素晴らしい所だった。具体的には────』ってね。Zくんの時と同様に、皆は話を聞き、Aくんを賞賛した。────そしてこの話を聞いた皆の中に、Bくんという人が居たんだ。Bくんは話を聞いて、こんな事を考えていた。『ZくんもAくんも行けたのなら、もしかして僕も東京都に行けたりするのかな』とね────さてさてと、ここからがBくんのお話しさ」

 

 そう前置きを言い話を続けた。


「話を聞いたBくんも東京都に向おうと思ったが、Bくんは思い悩んでいた。『果たして自分はちゃんと東京都にたどり着けるのだろうか』ってね。────そしてここからの彼の行動がAくんと決定的に違う所だ。そんな不安を抱えていたBくんはまず、東京都への大まかな行き方を調べたんだ。それで大体の場所が分かったBくんは東京都に向かった」


「え、それじゃあまりAくんと違いがなくないですか?」


「そうでもないよ。ただ、向かったんじゃないさ。Bくんは向かっている道中、自分で調べ、人に聞きながら進んでいったのさ。まぁ、これは至極、当たり前と言えば、当たり前なんだけどね」


 それを聞いた僕は少し安堵した。なるほど、どうやらこれはちゃんと着いたBくんとAくんの違いについての話なのだろうと僕は予想を立てていた。


「あぁ、それならBくんはちゃんと東京都に───」

 

 僕が言いかけたが、瞬時に彼女が僕の言葉を否定した。


「着かなかったのさ」


「───え?」


「Bくんは東京都に着かなかったのさ。彼が着いたのは埼玉県だったんだよ」


 これはまた、どういう事なのだろうか。何故BくんはAくん同様埼玉県に着いてしまったのか、僕には分からない。


「だって、事前に東京都への行き方は調べたんですよね?」  


「あぁ」


「行く途中も自分で調べて、人にも聞いて進んだんですよね?」


「そうだとも」


 そう微笑みながら答えた彼女に対して、僕は『そんな事は有り得ない!』と言いたい所だが、きっとこの話もAくんの時同様に、そういう事もある、という事なのだろう。だとすれば、今僕が考えなきゃいけない事、それは────何故Bくんは埼玉県に着いてしまったのかと言う事だ。

 

「おやおや?その顔、どうやら今回は考えるべきポイントが分かってるみたいだね♪」


 どうやら彼女は僕が考えるポイントという所を分かった事が嬉しいのだと思ったのだが、それはすぐに間違いであったと気づいた。何故なら彼女はメニューを開きながら紅茶か、オレンジジュースにしようかを迷っているだけだったのだ。

 

「───模夢漢くんは紅茶とオレンジジュースどっちがいい?」


「えっと、それはどっちが飲みたいかと言うことですか?」


「───あー。ごめんごめん。聞き方を間違えてしまったよ。やはや言葉というのは難しいね。どっちの飲み物が好きかと言う意味さ」


「───そうですね。どっちが好きかと言われれば、紅茶ですかね」


 そう僕が答えると。


「なら、紅茶を頼もうかな♪」

 

 そういい、彼女は店員を呼び、紅茶を頼んだ。数分後、店員が丁寧に運んできてくれたのだが、彼女は少し不満そうだった。


「不可思議さん、どうしたんです?紅茶、来ましたよ?」


「───違うんだよ、模夢漢くん。私が飲みたかった紅茶は冷たいのだったんだよ……」


 どうやら彼女は思っていた物と違う物を注文してしまった様で、彼女はがっかりした様子だった。僕はメニューを確認したが、紅茶はホットしかないらしい。それで店員はアイスかホットの確認をしなかったのだろう。


 まぁまぁと慰めていると、僕は彼女の行動に違和感を感じた。────果たしてこれは彼女の勘違いだったのだろうかと。  


 何故、彼女はホットの紅茶しかないお店で冷たい紅茶が出てくると思ったのだろう。


 不思議な事だ。彼女は実に何でも知っている訳で、おそらくはこのカフェにも来た事がないのだろう。だが、ここのメニューの内容を知っていた。というより、知っている。何でも知っているというのなら紅茶がホットしかない事を知らないなんて可笑しいではないか。


 可笑しいというより、有り得ない。


「おや、そんな顔をしてどうしたんだい?模夢漢くん。────もしかして。私がわざとこんな事をしてるのではないかと疑っているのかな?」


 そうなのだが。こういう場合、なんて言えばいいのだろうか。


「まぁ。ホットな紅茶なら、氷を入れて冷たくすればいい話なんだけどね♪──と言うことで」


 彼女は再び店員を呼んで、氷を注文し、紅茶の中に入れた。


「コレでアイスティーの完成だ!」


 そう言いながら彼女はあたかも始めからアイスティーだったかの様に飲んでいる。


 僕はそんな彼女を不思議そうに見ていた。

 

 彼女はいったい何をしたかったのだろう。


 おそらくは紅茶とオレンジジュースもわざと聞き直し、ホットの紅茶もわざと頼んで勘違いを装ったのだ。この彼女の名前を総称する様な不可思議な行動に何の意味があるのだろうか。もしかしたら行動自体に、或いはそのものに意味があるとでもいうのだろうか。


 そう考えていると、ある言葉が僕の頭に浮かんできた。『今回は考えるべきポイントが分かってるみたいだね』───考えるポイント。もしかしたら、この一連のコントの様な下りそのものが、何かBくんの話と関係しているという事なのだろうか?いや、そんな事はない。と言いたい所なのだが、こういう時、すぐ否定的な結論を出してしまうというのは僕の悪い癖なのだろうか。


 取り敢えず、こういう場合は一度原点に帰るのが定石というもので、この場合の原点とは『何故Bくんは埼玉県に着いてしまったのか』という事だろう。そう僕が考えていると、彼女はそれを見透かしたかの様に口を開いた。


「ケーススタディ問題。ある特定の状況や問題について詳しく調べ、それを解決する方法を考える問題だ。今の君の問題と似てると思わないかい?」


「まぁ、そうですね」


 ケーススタディ問題。確か大学で習った様な気がする。


「この問題を解くのに必要な考え方、いやこの問題に限らず物事を考えるのに必要な考え方があるとするなら君はなんだと思う?」


「────えっと」


 そう聞かれた僕は、夏休み前の大学の講義を思い出していた。そこで言っていたのは確か───。


「原因と結果ですか?」


「ピンポーン正解だよ!流石模夢漢くんだね。頭が良い事だ。────この原因と結果という言葉、実に有り触れていると思わないかい?有り触れていて皆が知っている。これ程万能な言葉も無いだろう。────全ての事柄には原因があり、その原因によって結果が産まれる。だから人というのは原因と結果という方程式に当てはめ、自分の物差しで測ろうとする。────うんうん。実に素晴らしいね。良く出来ている。だけどね、悲しい事に、この『原因と結果』という意味を『自分は知ってると思い込んでいる』人達が多いんだ。知ってると思い込んでいるから物事を真剣に考えずに安直な結論ばかりを出してしまうというわけさ。───そしてあろう事かその結論が正しいさえ思っているんだ。いわば一度しか行ったことがない地域の文化や歴史しか知らないのに、その国の専門家になったと勘違いしているようなもんさ───専門家気取りの勘違い野郎。実に嘆かわしい事だと思わないかい?」


 そう言い終わると彼女は不敵な笑みを浮かべていた。


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