3話
埼玉県を東京都と思い込む───果たして本当にそんなこと有り得るのだろうか?
東京都に向かっている道中にだって標識や東京都などを示す物は沢山あるはずだ───なのにAくんは東京都に向かう際に一番大事な目的地への案内板である標識を全く見ずに、ただただ自分の考えだけで進んで行ったという事になる。果たしてそんな事はあり得るのだろうか?
そしてAくんの着いた場所は東京都でなかった。何故Aくんは着いた時、確認しなかったんだろうか?仮に東京都と思い込んでいたとして、観光したなら『ここが埼玉県です』みたいな物が沢山あるだろうし、勿論名物品などもあるはずだ。それすら見ない、そんな事有り得るのか?
もしかして。ここで一つの仮設が僕の中で生まれた。
もしかしてAくんには確認すら必要なかったという事なのだろうか───だとするなら本当に彼は何をしに行ったのだろう。僕はその後も考えたがそれでも東京都と埼玉県が勘違いし続けているAくんに納得が出来なかった。
「────やっぱりそれはおかしいと思います。Aくんが東京都と埼玉県を勘違いしていたのは分かりました。ですが、そのあとずっと勘違いし続けるというのは難しいんじゃないでしょうか?埼玉県に着いたあとなら、認識を改めるのは簡単だと思うんです。」
「なるほど、簡単だと思うか。なら聞こうじゃないか。どの様に認識を改めるんだい?」
「埼玉県に着いた時に確認すればいいんですよ。携帯で場所を確認したり、人に聞いたりして───それにもし観光したのなら、そこが埼玉県である事は分かるはずです───何故なら、ここが埼玉県だって示す物があるだろうし、それに当地物だってありますから。気づかないなんて事の方がまず不可能でしょう。そもそもの問題、Aくんが東京都に向う道中で人に聞いたり、周りの標識を見たりしていれば、東京都に着く事だって可能なはずです。つまり、こんな事は、誰でも気づくと言うことです。」
「なるほどね。確かに東京都に行く道中、人に聞いたり、周りの標識を見みて確認さえしていれば東京都に着いていたかもしれない。過って東京都ではなく、埼玉県に着いたとしても、場所をちゃんと確認すれば気づいていたかも知れない。もし仮に観光したのなら、そこが東京都ではなく埼玉県であるという事を指し示す物であったり、ご当地物なんかは沢山あるだろうしね」
そう言いながら、彼女は妙に納得している様に見えた。
「確かに君の言うとおりだ。こういう風に言われると、何だか気づかないなんて方が難しいとさえ思えてしまうよ。───だけど、私は思うんだよ。───本当にそうなのか?とね。果たして君の言う通り、本当に『誰でも気づく』のだろうか?私にはその誰でも気づくという事が不可思議に思えてならないんだよ」
それは一体、どういう事なのだろうか。ついさっきまで、妙に納得している雰囲気を出していたと思えば、今度は不可思議だと言っている。僕の言った事は、何か間違っていたのだろうか。
「それはどういう意味です?」
「だってそう思わないかい?君がさっき話した内容は全て『東京都に辿り着ける人間』の話じゃないか。───道中の人に話を聞く事、分からなけれ標識を見る事、ちゃんと合ってるか調べる事。確かに君の言う通りに進んだのなら東京都に着かないなんて方が遥かに難しい。だが実際、Aくんが着いてしまったのは埼玉県だ。ならここで考えるべき事は『何故、Aくんは東京都ではなく埼玉県に着いてしまったのか?』と言う事なんじゃないかなー?」
その通りだった。正しくその通りだ。僕はAくんの話を聞いて、自然とこんな話は有り得るわけがないと思ってしまっていた。だから、こんな事は有り得るわけがないという証明みたいなものをしていた訳なのだが、実際問題、Aくんが着いたのは埼玉県であり東京都ではないのだ。そして着いた先を、あろう事か東京都だと思いこんでいるという話だ。なら僕は自分の考えを一旦置いて、改めて考え直してみようじゃないか。何故、Aくんは東京都ではなく埼玉県に着いてしまったのかと。
「模夢漢くん、そんな深く考える事じゃない。なぜなら君はさっき、自分で答えを言っていたじゃないか、いや正しくは考えていたと言うべきなのかな?」
あ。そうだった。もう答えは既に出ていて、それは僕の中にあったのだ。何故、Aくんは東京都ではなく埼玉県に着いてしまったのか?この問の答えそれは。
「Aくんは東京都に向う途中に標識を見ず、誰にも聞かず、自分の考えだけで進んでいったから」
「ピンポーン!大正解だよ!やはり君は頭が良いね!」
彼女は満足そうに笑って言った。
「確かに君からすれば、Aくんのとった行動は理解しがたいかもしれない。だが、これは覚えて置くと良い、『Aくんの様な人間は必ず一定数の割合で存在する』ということだ。
そう、君の場合Aくんの様な人間がたまたま周りに居なかっただけで、たまたまAくんの様な人間と人生の中で関わっていなかったから有り得ないと思ってしまっただけなのさ」
話を聞きながら、僕は自分の過去を振り返っていた。確かに小中高と振り返ってもAくんの様な人間は僕の周りには居なかった。多分、それは彼女の言う通り『たまたま』関わってなかっただけなのかもしれないし、実は関わっていたのかもしれない。もし関わっていたのなら、そこまで深い仲になっていたのかと考えても、僕の友人関係にそういう人間が居ないという事はそういう事なんだろう。
「Aくんの様な出来事は誰でも気づくと思うかもしれない。誰でも気づくというか、正確には誰でも気付きそうと言える。だけどね、気づきそうなだけで気づけるとは限らない。第三者の視点から見たら、明白かもしれないけれど、当事者の視点だと案外気づかないなんて事の方が多いもんさ」