8話
一枚目を読み終わり、私はようやくホチキスで留められた次のページを開く。
すると笹川は私の読むスピードのあまりの遅さに耐えかねたのか「残りは後でゆっくりと読んでおいてください」と中断させた。
「すいません・・・」
ひええーん。資料すら満足に読めない役立たずですいません。
明日から、新聞読んで鍛えます!
あれ、新聞って一部でいくらぐらいするんだ?50円?
「さて、早速ですけど相川さんにやっていただきたい仕事がありまして」
「はい、なんでしょう!?」
笹川は身を乗り出して私の資料を引き寄せ、4枚目を開いた。
そこには、【改革案その3】と見出しが書かれており、サブタイトルにウェブ小説の可能性と付け加えられていた。
これを読めということかなと思った私は、資料に目を通そうとしたが、その瞬間、笹川に「口頭で説明するので大丈夫です」と遮られた。
「あっ、そうですか・・・」
完全に呆れられてますよね私?!
これはもう今日の夕刊から買うしかない。夕刊って朝刊よりも薄かったイメージだから、25円くらいで買えるよね?!
「それでは仕事の説明の前に、まずはその資料の内容について軽く説明していきたいと思います」
「はい!!!」
出だしからもうすでにやらかしたんだ。せめて返事だけは、元気よく!
「あ、そんなに肩肘張らなくて大丈夫ですよ」
「はい・・」
これが俗に言う、空回りか・・・。
「さて、先程の読んで頂いた資料の中で出版界は長い不況に喘いでいるとあったと思いますが、例外がいくつかあります。それがライトノベルと新文芸という二つのジャンルです。相川さん。この二つについてご存じですか?」
「ライトノベルって俗に言うラノベですよね?漫画の小説版みたいなやつの」
「は、そうです」
「ならば、存じております。ですが、新文芸はちょっとイメージつかないですね」
「新文芸とは、明確な定義はされていませんが、簡単に言えばネット上で発表された作品を書籍化して出版する小説の総称であり、いわゆるネット小説やボカロ小説、フリーゲームの小説化といったものがこのジャンルに含まれます」
「なるほどです。ご丁寧にありがとうございます」
おお。なんかようやくとっつきやすい話題が出て来たぞ。
ネット小説であれば、極限まで暇なときたま~に気になった作品を読んでみたりもするからね。だって、タダだし。
「話を戻しますが、このラノベと新文芸が現在、文芸というジャンルでは最も勢いがあります。どのくらい勢いがあるかと言いますと、文芸単行本全体に占めるこれらの売れている冊数の割合で43.7%。金額ベースだと、37.2%。つまり、現在日本において売れている小説の約半数に当たる計算になります。この数字は、今後も伸びると考えられており、近い将来一般小説と純文学を超えるのは確実視されています。そこからさらに、少子高齢化も伴いますからね。一般小説はともかく、純文学の主な読者層は文学の時代、昭和を支えた高齢世代。普通に考えれば、純文学の割合は減る一方ですからね」
「ええ?!それって、純文学を掲載するぎんがにとってはピンチなんじゃ・・」
「ピンチどころか、既に廃刊が決定しましたからね。その決定には、このような背景があったということです」
文芸誌が抱える問題は、思ったよりも深刻らしい。
ならばより一層、改革なんて無理な話なんじゃ・・・。
「だから我々は、最後の悪あがきのために使える手は何でも使ってやろうと考えた訳です。例え純文学とは、対を成すような存在であっても」
「え、それってつまり」
馬鹿で察しの悪い私でも、さすがに話の流れが理解出来た。
「そう。これがぎんがの改革案の中でも最大の試み。若い世代に圧倒的な支持を誇るウェブで活躍する作家に連載を持ってもらい、新たな読者を取り込む策。これは、これまでのの文芸誌の歴史を大きく変えてしまう改革となりますが、もはや我々には後がない」
笹川さんの熱量が、ひしひしと伝わってくる。
それに影響されてか、なぜか私まで胸の鼓動が高鳴ってくる。
「それで、私は何をすれば?」
興奮のままに尋ねると、笹川さんはゆっくりと立ち上がって言った。
「今から、そのウェブ作家と交渉を行います。相川さんには、是非ともその場に立ち会っていただきたいんです」
はにゃ?
「今から会う作家さんは広いウェブ界隈どころか、出版界全体で見ても最も数字を持っている作家として名の上がる、いわば出版界を救った救世主。この交渉次第で、ぎんがの改革が成功するか失敗するか決まると言っても過言ではない」
はにゃにゃにゃ?
「つまり今からが、ぎんがの命運を左右する、天王山なんです」
はにゃにゃにゃにゃにゃ?
「一緒に頑張りましょう。相川さん」
待てまてマテ。
ソンナテンノウザンニ、ナゼワタシガ・・・?