7話
「でも、未来を見るったって、もう廃刊は決まったんじゃ・・」
生意気だとは理解しつつも、口を挟む。
もはや、試合終了のホイッスルは吹かれてしまったんだ。
今になって足掻いたところで、無駄なのではないか。
「ええ。そうですね」
笹川は、何故か楽しそうに笑みを浮かべている。
「だけど、絶対なんて言葉、この世には無いと思いませんか?」
どうしてだろう。
副編集長という立場に居るのなら、長年この人は相当この雑誌に貢献してきたはずだ。ならば当然、思い入れも深いだろう。
それなのにどうして、この人は雑誌の廃刊が決まっても、こうして笑っていられるのだろうか。不思議だ。
すると笹川は、例の鞄から数枚綴りになっている資料を私の前に差し出した。
中身を見ると、一枚目の見出しにデカデカと『ぎんが維新計画』と載っていた。
「是非とも、一枚目から順にご覧になって下さい」
笹川に言われた通り、私は順に資料に目を通す。
活字が苦手なので、少し読むのに時間がかかったが、さすが文芸誌の編集部といったところか、素人の私でも理解できるように簡潔に内容がまとめられていた。
まず初めに書かれていたのは、ぎんがの、それに、文芸誌の現状。
そもそも出版界自体が長い不況にあえぐ中で、文芸誌の現状は他のジャンルよりもさらに悲惨なものであり、1970年代に43万部近くを売り上げていたのに対して、現在は1万部すらも滅多なことがないと越えられぬほどに落ち込んでいる。
一応ぎんがは、日本における五大文芸誌のうちの一席を担っている伝統も名声もある雑誌なのであるが、それでもこうして廃刊が決まってしまうのであるから、売り上げ的に見ても私の想像をはるかに超えるほどにピンチなのだろう。
「別に部数を伸びないのは構わないんだけどね。連載していた作品の書籍化・・・、漫画でいうところの単行本化だね。これが正直、文芸誌の大きな資金源だったんだけど、困ったことに書籍化しても全く売れなくなってきたものだから、そりゃ赤字は膨らむ一方ですよね。うちに作品を掲載してる作家は昭和後期や平成初期の一時代を担った大御所ばかりですから。それなりにギャラも払わないといけない。だとしても、今は作家のネームバリューで作品が売れる時代でもない。こんな言い方あれですが、コスパとしては最悪ですよね。良いものを書こうが書くまいが、そもそも買い手である読者が居ないんじゃ仕方ない」
笹川の熱のこもった捕捉に、私は苦笑いを浮かべる。
「じゃあ、ギャラの安いフレッシュな作家をどんどん使ったらどうですか?そうすれば、コスパも良いんじゃ・・・」
出過ぎた真似であるとは思いつつ、率直に意見を述べる。
すると、笹川は小さく息を吐いて答えた。
「相川さんが今まで出会って来た人の中で、作家志望の人はいましたか?」
どうだったろうか。私の今まで絡んできた人達の夢は・・・。
【高校の同級生A】「とりま、適当に良い男(優良物件)見つけるまで、残業なしでそこそこに良い給料もらえるホワイト企業に勤めるっしょ」
【大学のサークルの後輩B】「夢ですか?自分にはそんなもん無いっすね。それなりに平凡で平和な人生送れたら、それでいいです。結婚願望も、特にないですからね。別に出世したいとか、そういう野望もないかなあ」
【腐れ縁の幼馴染M子】「世界制覇。あと、暴飲暴食。そして、過度な睡眠」
「作家志望どころか、ロクな夢持ってる奴すらいないかもです・・・」
「そ、そうなんですか・・・」と、困り顔の笹川さん。
夢に関して言えば、実は私が一番まともだったりして。
ま、つい先日破れたばかりなんですけども。
「まあ、今の時代本気で作家になりたい人なんてごくわずかだからなかなか普通に暮らしてたら出会わないかもしれない。しかもその中から、純文学の書き手となると、さらに数は減る。何事においても、コンテンツが没落する時はいつもこのパターンだ。コンテンツの担い手の母数が減れば、当然そのコンテンツの質も下がる。その質が下がれば、コンテンツに集う消費者の母数も減っていき、となると当然担い手を志す母数もさらに減るという悪循環に陥る。つまり、フレッシュな人材を下手に採用したところで、質が下がるため、今いる購読者すらも離れてしまうリスクを背負うだけなんですよ。才能ある新星がポッと現れてくれれば話は早いんですけど、今時そんな才能のある人は漫画やライトノベルに流れますからね。ホントに、娯楽の形が今と昔じゃ大きく変わってしまいましたかね。こればっかりは、いくら嘆いても仕方ない」
「なるほど。すいません、出過ぎたことを」
「いいえ。薫さんの意見は、まさに世間一般の若者の意見そのものですからね。こちらとしても、積極的に発言して下さるのは非常にありがたいです」
え、私、今褒められた?それに、若者の意見だって。若者だって。今年で28になるアラサー。
ヤバい。BRUJAで働くようになって以来、職場で褒められたことも若者扱いされたことも無かったから、承認欲求満たされる~。
私はにやけそうになるのを必死に堪えながら、再び資料に目を通す。
確かに、ここ最近の日本のインドア娯楽の中心は、ゲームや漫画などのサブカルチャーを筆頭に、映像作品をほとんど網羅するネトフリなどのサブスク。文学程では無いにしろ、長い歴史を持ち幅広い世代に今なお愛される、音楽。誰でも気軽に投稿でき、スマホ一台で無限とも言える膨大な情報を網羅できるSNSやネット。そして忘れてはいけないのが、今やSNSの頂点に降臨していると言っても過言ではないYouTube。
そのあまりの勢いに、各分野のプロたちが毎日魂込めて作り上げているテレビですら押され気味なのだから、そこに小説はおろか、純文学など割って入る隙もないだろう。
日本人は、学業に仕事に人間関係に忙しい日々を送っている。
そんなクタクタの状態で、脳に負荷のかかる活字を追う気力など残っていようか。私なら、脳みそ空っぽにして大して面白くも無いと分かっているYouTubeの動画を眺めていた方がまだマシだ。
そして気力も体力も回復している休みの日は、昼まで寝てて、起きたら身支度して外出!
飲食!旅行!ショッピング!
プライベートはそこそこ充実してますのよ。わたくし。
プライベート「は」。