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高嶺の花だったのは過去の話でしょ?  作者: 国見双葉
1章 高嶺の花、戦力外通告を受ける
6/35

5話

それからの一週間は、あっという間だった。


引き継ぎ(大した量じゃない)をし、呆気ない別れの挨拶(みんな意外とあっさりしてて、裏で悲しくてちょっと泣いた)をし、ロッカー整理(何故か賞味期限が2年過ぎた果汁グミが出てきた。ブドウ味)をしていたら一瞬で時が流れ、ぎんが編集部の門を叩く日がやってきてしまった。

新年度が、今日から始まる。


私はいつもよりも地味めな服装を身にまとい、出社してエレベーターに乗ると、普段よりも1個上の階のボタンを押した。


うっかり前の職場がある4を押してしまうといったミスはせず、ボタンを押す手はこれまで私の指紋が一度もついていない5の番号へと真っ直ぐに向かい、触れた。



いつもよりも5秒ほど長くエレベーターに揺られ、ピンポーンと音が鳴り、ドアが開く。


5階に足を踏み入れるのは初めてであるが、さすがに5年も通っているビルなのでどこに何があるかくらいは網羅している。


私は早速、5階のフロアの角にあるらしいぎんが編集部へと向かった。


4階はファッション誌や情報誌の編集部が中心だったのに対して、5階は漫画雑誌が大半を占めておるため、廊下や編集部の壁に度々キャラクターのイラストやパネルが目に付いた。


あまり二次元作品に詳しくないので、あまり興味は惹かれなかったが、そんな私でも一般常識として名前を知っているキャラが何体か見られたので、きっと世間にとっては日々人気作品が生み出されているこの場はある種の聖地のような場所なのであろうなと感じる。



そんな聖地を抜け、さらに奥へと進んでいくとひっそりと隠れるようにぎんが編集部と書かれたオフィスがそこにあった。


当然ながらキャラクターも派手なポスターも装飾もされていないその外観は、大手出版社の編集部とは思えないほどに地味な印象を受けた。


私はバクバクと全身が揺れるほどの心臓を抑えるため、深く深呼吸をしてから中へ入ると状況もよく確認せずに真っ先に深々と頭を下げた。



「本日からここで働かせて頂くことになりました相川薫です!不束者ではありますが、精一杯頑張りますのでどうぞよろしくお願いします!」



BRUJAでの私の働きぶりが、どこまで伝わっているかは分からないけれど、せめて初っ端くらいはきちんとした人間であることをアピールしなければならない。


そう思って声を張り上げて挨拶したが、オフィスは沈黙に包まれており、全くもって反応が返ってこない。



もしかして私、やらかした...?


深呼吸をして落ち着いたはずなのに、再び心臓の鼓動が早まり、脇や手足から汗が吹き出そうになるのを感じる。


やばい、今日ノースリーブなのに!

待って、そもそも今朝、脇毛剃ってきたっけ?


ってか、そんなこと気にしてる状況じゃないでしょ。



とりあえず、このカチンコチンに冷やしたかもしれないこの状況をどうにかしないと。


逃げ出したくなる気持ちを抑えて、恐る恐る顔を上げると、私は思わず「え」と声を漏らした。



多少の誤差はあれど、BRUJAとほぼ同じ間取りに同じ広さをしているはずなのに、遊び心がなくそれと比べて10倍ほど殺風景である編集部が視界に広がると同時に、その場には誰一人として居なかったのである。



もしかして...サプライズ?


困惑しながらキョロキョロと周りを見渡すが、誰かが隠れている様子もなく、目を引いたのは入口脇の棚の上にある1匹のアザラシとたぬきが融合したような謎の生き物のぬいぐるみだけ。


全身のフィルムはアザラシだが、その顔面は間違いなくたぬきで、おしりの部分にもたぬきのしっぽのようなものも付いている。


なんだこれは。


その謎の生き物を舐めるように見る私。


タヌザラシ?タヌラシ?それともアザラヌキ?


色々と名前の案を出してみるが、すぐに我に返り、首をブンブンと振って雑念を取り払う。



みんな....どこ?



どうすればいいの、私。


世界にたった一人、取り残されたような感覚になる。


〜♪〜♪〜


途方に暮れていると、どこからかポップ調の音楽が微かに聴こえてきた。



私は耳を澄まし、ゆっくりと音楽のする方へ足を進めていくと、会議室からその音は漏れているらしかった。


会議室はほぼほぼ防音になっているはずなのに、そこからスパイのようにドアに耳をくっ付けたりしなくても聴こえる位の音が鳴っているということは、恐らく相当な爆音を響かせているのだろう。


「開けるしか...ないか」


オフィスに誰も居ないこの状況で、何もせずにずっと立ち尽くしている訳にもいかない。


私は意を決し、会議室のドアを開いた。



その瞬間、案の上耳が痛くなるほどの爆音と、ピンク色のハッピを着た、一人の男の後ろ姿が五感に飛び込んできた。


『カツサ~ンドは♪』

「ハイハイハイ!」

『ハ~ムサ~ンド♪』

「ハイハイハイ!」

『シナモン~ロールは~♪ダチョウのな~かま~?♪』

「なんでやね~ん!」

『Ah~♪』

「カワイイ!カワイイ!」

『Uh~♪』

「ダイスキ!ダイスキ!」

『腋毛の生えた~♪シ~ン~デ~レ~ラ~♪♪♪』


ナニ、コレ?


ペンライトを両手に持ち、軽快に踊りながら合いの手を入れていたピンクの男は、気配を察したのか私の方を振り返った。


完全に目が合ったものの、(あまりの衝撃に)何も言えずに私がただひたすらペコペコしていると、真面目そうな30代くらいに見える男は、黒縁メガネをキリっと整え、睨みつける。

緊張感漂う沈黙の中、口火を切ったのは男の方だった。


「相川、薫さんですね?」


「は、はい!そうです!」


背筋を伸ばし、高校球児さながらに元気よく挨拶をする私。

男はこくりと頷くと、ゆっくりとはっぴを脱ぎ、ペンライトを机に置いた。


そして大きく深呼吸をした後、言った。


「今の、見なかったことにしてくれないか」


「はい。分かりました」

即答する私。


「たすかる」


何だろう。まだ何も始まっていないのに、ぷしゅりと一気に力が抜け、疲労感がこみ上げてくる。


男は爆音の元凶たるラジカセ(アイドルの生写真のシールがめっちゃ貼られてる)とペンライトとはっぴを、大きめの革製のカバンに強引にしまい込むと、何事も無かったように椅子に座り、「どうぞ」と対面に私を促した。


どうやら本当に何も無かったようにしようとしてるらしいこの人。

それはさすがに無理があります。


今、私の脳内では先ほどの謎曲と全力の合いの手がヘビーローテーション中ですって。


「さて、何を話すんだったかな」


あちゃー。かなり動揺してるよこの人。

ポーカーフェイスを装っているけど、頭の中でパニックを起こしているのが見え見え何ですけども。

だ、大丈夫ですかね・・・?


男は軽く咳ばらいをし、再びメガネを整える。

平常心を取り戻そうと、必死のようだ。


「そうだそうだ。まずは、簡単な自己紹介と説明から。私の名前は笹川と申します。一応、副編集長の立場にありますけど、実権は無いに等しいです。悲しいことに。それはまあ置いといて、只今、うちの編集部は少々バタついておりまして。ご覧の通り、総出で外に出張っているものですから、こうして私が留守を任されているのですが・・・。そうですか、相川さんは今日から異動でしたか。すいません。本当にバタバタしているもので、ロクな歓迎も出来ず」


「いえいえ。私こそ、勝手に入ってきてしまってすいません」


意図的に放置プレイをされた訳じゃないと分かり、少しホッとする私。

それに、ある意味強烈的な歓迎でしたよ。ロクかロクじゃないかは、触れないでおきましょ。


「それでは、早速この編集部や仕事の説明を・・・と、いきたいところなんですけど、うちの編集長に相川さんが来たら真っ先に伝えておけと仰せつかってる言伝がありますので、それを伝えさせていただきます」


な、なんだろう。

君は使えないからクビ、とか、そういうのかな。まだ初日だけど、私の悪名がここまで轟いていて。


私はゴクリと唾を飲み、ドキドキしながら笹川の次の言葉を待った。


笹川は私をじっと見つめながら、メガネを整え、言った。



「いきなり相川さんにこんなことを伝えるのも酷な話なのですが・・・」


大変です。編集長。


「つい先日、うちの雑誌はあと一年で廃刊になることが決定しました」


私、とんでもない所へ飛ばされたかもしれません。


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