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高嶺の花だったのは過去の話でしょ?  作者: 国見双葉
1章 高嶺の花、戦力外通告を受ける
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4話

『はじめまして。本日からここで働かせていただきます相川薫です。小学生の時にBRUJAと出会って以来、ここで働くのがずっと夢だったので、精一杯頑張ります!よろしくお願いします!』


入社一年目、希望が叶ってBRUJA編集部の門を初めて叩いた時、私はまだ自信に満ち溢れていた。

これからバリバリ働いて、編集部の黄金ルーキーとして未来のBRUJAを私が支えていくんだと本気で思っていたし、プライベートでも、一流企業に勤めるOLとしてキラキラした社会人生活を送っていくものだと信じていた。


そんな挫折知らずの私の人生に、微かに曇り雲がかかったのは入社してから半年後のこと。私には、一人の同期が居た。

正直な話、ルックスからコミュニケーション能力、ファッションセンスの全てにおいて私の方が数段上だったと思う。だから、油断していた。その同期は日を重ねる度に私の数十倍ものスピードで編集者として成長していき、あっという間に私を置いてきぼりにした。

そして入社して僅か半年で、百戦錬磨の猛者が集う企画会議に、自らが持ち寄った企画を通してみせたのだ。本来キャリアをスタートさせてから数年は確実にかかると言われていたのに、だ。

半年経っても、まともに資料も取材も電話対応もこなせなかった私。

この差は一体、どうやって開いてしまったのか。

才能だろうか。これまで学生時代に培ったスキルだろうか。単純に、努力の差だろうか。今でも分からない。


でも、一つだけはっきりとしていることがある。

仕事中、私はずっと彼女を見ていた。一方で、彼女はずっと「先」を見ていた。

この意識の差は、きっと馬鹿に出来ない。


最近になってようやく、そういった部分に気づけるようになってきた。

後輩が増え、キャリアを重ね、毎日毎日失敗を繰り返して、ようやく色んなものが見え始めたばかりだったのに。


もう、遅すぎるよ。


「うん。遅いね。気づくの」


「ふぁっ?!!」


一人焦燥に駆られていたら、突然声がして、顔を上げたら、目の前に今の今まで脳内で思い描いていた人物が腕を組んで迷惑そうに私を見下ろしていた。


「さ、早苗?!ど、どうしてここに?!!」


「いや、ここ職場だし。普通にいるでしょ。編集長との話が終わってからもう30分も経ってるんだけどなかなか出てこないから、様子見にきてあげたんですけど。そしたらなんか、ブツブツ言ってて元気そうだし、とりま無事ってことで大丈夫そ?」


私とは真逆の黄金ルーキーにして、今は編集部を支えるエース格の一人として早くも次期編集長との呼び声も高い橋本早苗は気だるげにそう言うと、私の隣の椅子に座った。すると早苗は、黒い回転式のコンパクトチェアを右へ左へクルクルと弧を描くように回転させる。まるで、初めて回転式の椅子に座った子供のように。顔はまったくはしゃいでないけど。

壁に掛かってある時計を見ると、確かにいつの間にか30分が経過していた。頭を働かせていると、時が経つのがあっという間に感じる。そのため私の人生は、恐らく他の人よりも長く体感していることになるだろう。


「ごめんね。もう出るから」


忙しい早苗の時間を、これ以上潰してはいけないと思い、慌てて立ち上がる。

「何もう行っちゃうの。この会議室に入れるのも最後かもしれないし、もう少し堪能してけば?」


すぐに出ようと椅子を後ろに引こうとしたが、早苗の言葉に思わず固まってしまう。

彼女は決して他人を虐げて楽しむような性格はしていないし、その言葉が悪意ではないことは知っている。

けれど、私のクビを早苗が知っていたというその事実に、胸がキュッと締め付けられる。


「知ってたんだ」


「同期だってことで、さっき編集長が特別に教えてくれた。ま、ぶっちゃけ噂ですでに知ってはいたんだけどね。多分、編集部のみんなも知ってるんじゃないかな。広~い世間様を相手にしている割に、狭いからねここ」


「まあ、そうだよね。別に、隠すつもりもなかったし。てか、居なくなるなら順番的に絶対私だってことは薄々みんなも勘づいていたでしょ」


「それは分からんけど。ま、ぶっちゃけ私はそこまでびっくりしなかったのは認めるよ」


こうして二人で話すのは、一体いつ以来だろう。久々過ぎて、思い出すことすらも出来ない。

前はこんなにも、早苗と言葉を交わすことに息苦しさを感じていただろうか。

まるで室内の酸素が全て早苗に持っていかれたような錯覚すらも覚える。一刻も早く、酸素が薄くなったこの部屋から解き放たれたい。


でも、不思議なことに私は足を動かすことが出来なくなっていた。


「で、どこになったんだっけ?」


もう、これ以上私に話しかけないで欲しい。

段々と、自分が惨めになっていくから。


「....言いたくない」


「なるほどね。ぎんが・・・。あぁ、この上にある辛気臭そうなところか。...え?」


口をポカンと開けた早苗に、私は苦笑いを浮かべる。


「知ったんだ」


「...ごめん。実は壁に耳あてて盗み聞きしてた。スパイになった気分で、少し楽しかった」


「それはそれは。良かったね」


「貴重な経験、ありがとう」



きっと、こうして早苗と二人きりで話すのもこれが最後になるだろう。


そう考えると、少しだけ呼吸がスムーズになった。


もうこの際、心のつっかえを取り除いて楽になろうかな。


私は覚悟を決めて、テーブルに左手を添え、隣の早苗を見下ろした。


「早苗さ。私の事、どう思ってる?」


ずっと、気になっていた。

自分のはるか後ろを走る同期など、目にも止めてなかったのか、或いは少しくらいいい意味でも悪い意味でも意識してくれていたのか。


どうせこれが最後だし、ちょっと怖いけれど、ここで答えをもらった方が後腐れなくBRUJAを去れるというものだ。


早苗はう〜んと、拳を顎に当てて軽く首を傾げて考える素振りをみせてから、答えた。


「同性として、魅力的だとは思うけど私にそんな趣味無いし...ごめん。それに今は、仕事に集中したいから」


「あ、そういう意味じゃなくて。同期としてどう思ってたかってこと」


「あ、そう。なら、安心したわ」


早苗は社会人としては優秀だけれど、人間としてはかなり抜けているところがある。

天才とバカは紙一重とよく言うし、きっと早苗もその類に含まれるのだろう。


「同期として...ね」


早苗が再び同じポーズを取って考え始め、謎の緊張感が走る。


先程よりも早く答えにたどり着いたようで、早苗は割とすぐに口を開いた。


「別に、何とも思ってないけど」


その答えを聞いた時、思わず拳をテーブルにぶつけてやりたくなった。

ああ、やっぱり...


「私なんて、眼中に無かったんだ」


胸の内に留めるつもりだったのに、自然と口に出てしまった。


早苗は一瞬表情を引き攣らせたが、すぐに元のポーカーフェイスに戻り、再び口を開く。


「別に、そういうつもりで言った訳じゃ」


取り繕うようなその物言いに、まるで瓶の蓋が開いたように、これまで抱えていた負の感情が一斉に私の中で溢れ出した。


「そうだよね。私なんて、ただの役立たずだし。5年間キャリアを積んでも、企画なんて一度も通った事ないし、未だに一日一回は細かいミスをするし、輝かしい過去に囚われて密かにモデルに対抗心燃やしてるのがバレ、何度かNGも貰ってるし」


それらを補うための、努力や改心も結局怠けて後回しにしたまま現状から全く変わろうとしていない。


最低だな、私。



昨夜二日酔いになるまで呑んだのだって、涙が枯れるまで泣いたのだって、全部人事を嘆いての事だ。


己の未熟さを反省して流した涙など、一粒もない。


「驚いた」


同期の前では泣くまいと、必死に涙を堪えている私に向かって、早苗は目を丸くしながら声を漏らした。


「薫がまさか、そんなこと言うなんて」


どういう意味?


そう私が尋ねる前に、早苗が私の肩に手を当てて、軽く微笑みながら話し始める。


「正直な話、今まで私、薫のことが分からなかったんだよね。この雑誌への想いは本物なんだろうけど、今ひとつ仕事への向き合い方が分からないというか、考えていることが読めないというか。やっぱ、薫ほどの美人だとプライベートの方が充実してるだろうから、そっちにベクトルを向けてるのかなぁって思ってた。仕事に命かける必要なんて、ないだろうかなね」


「全然そんなことないよ!確かにプライベートも大事だとは思ってるけど、それで仕事を手抜きにしようなんて微塵も考えたことない」


ただ...。


「頑張り方が、分からないっていうか...。頑張れば頑張るほど、周りとの差が余計に感じちゃうのが怖いのもあるし、努力しても私なんて全く成長しないんじゃないかって不安になって。このままじゃダメだと思いつつも、結局何をしても所詮私はこのままなんじゃないかって思っちゃって。だって私は、人生の大半を他人の好意に縋って生きてきた.,.」


高嶺の花だから。


今まで、努力の仕方が分からないとか、苦労知らずでもう手遅れとか、下らない屁理屈を並べていたのは、全てダメな自分を認めるのが怖かったからだ。


高嶺の花だった過去のプライドが邪魔をして、自分に言い訳をして、あえてダメな自分のままで居続けた。


自分を変えようとして、理想の自分にはなれないと理解してしまった時。

私はもう、高嶺の花では居られなくなるから。



「なるほどね」


早苗は相槌を打つと、私の肩から手を離すと、再び椅子でクルクル遊び始めた。


「ごめん。その気持ち、私には全く分からない」


正直、早苗ならもしかして私が望んでいる答えを導いてくれるのではと期待していたのでその言葉に拍子抜けする。


「私、薫みたいに良い女じゃないし。ま、ブスでもないけど(小声)。周りにチヤホヤされた経験とかないし、家庭環境もぶっちゃけ人に聞かせられないくらい重くて複雑だったから、自分が望む場所へ行くには努力するしか無かった。スタートが底辺だと、もう上がるしか選択肢がないわけで。だから、薫の変わるのが怖いってその気持ちは、私には全く分からない」


「そうだよね。甘えてるよね、私。だから、きっとダメなままなんだ」


「あのさ」


私が言葉を繋げようとしたところ、早苗はそれを遮り、椅子ごと身体をこちらに向ける。


「ダメって、そんなダメかな?」


言い終えたあと、早苗はクスッと自分の言ったことに噴き出した。


「ごめん。今の、なぞなぞみたいだったよね」


確かに、今の早苗の言葉は意味も内容も分からないなぞなぞのようであった。


ダメって、そんなダメ?


ダメに決まってる。

だから私は、こんなにも悩んでいるんじゃないか。

現に私がダメダメだから、ずっと入るのが夢だったBRUJA編集部で何一つ成し遂げられずに全く馴染みのない文芸誌の編集部へと飛ばされたのではないか。

あ〜あ、なんかもう冷めた。


早苗に勝手に期待して勝手に振られて、バカみたいだ私。無責任で性悪な、クズ女。


「やっぱり優秀な早苗には、ダメな私の気持ちなんて分からなかったんだね」


なんか、結局答えも出ずにモヤモヤしたまんまだけど、謎にスッキリした。


今後自分がどうしていくかは、自分にしか決められない。

それなのに、またもや他人に頼ろうとしていた。

本当に弱い女だ。私は。



私はそれだけ言うと、会議室を去ろうと椅子から立ち上がった。


「気遣ってくれてありがと。話、聞いてくれてありがと。編集じゃなくなっても私がBRUJAファンであることは変わりないから、これからもどうか、この雑誌をよろしくお願いします」


別れの挨拶にしては呆気ないと理解していながらも、言葉を並べて頭を下げると、私はようやく会議室のドアノブを掴むことが出来た。


「待って」


早苗の呼び掛けに、私は動きを止める。


いつぞや見たようなこのシチュエーションに、私の胸が再び締め付けられた。


「さっきの質問の答え、訂正。今は薫のこと、頑張れって思ってるよ」


「...うん。ありがと」


早苗は嫌味を言うような人じゃないと分かっているのに、嫌味っぽく聞こえてしまったのも、きっと私の心の弱さが原因なのだろう。



ありがと、早苗。


最後にあなたと話せて良かった。



おかげで私は、心置きなくBRUJA編集部を去ることが出来る。


もはや後悔など、微塵もない。


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