30話
「ど、どうしてですか?!」
ショックでまともに頭が回っていなかったが、反射的に椅子から立ち上がり、無意識にそう口にしていた。
無言で私を見つめる二人。
分かってますよ。
理由を訊かずとも、彼らの言いたいことは分かる。
「私じゃ、やっぱり力不足ですか」
今にも消え去りそうな声で呟く。
「そんなことは!」と笹川はすかさず立ち上がったが、奈良編集長は椅子に座ったまま、何も言わずに小さく頷いた。
「君は本当によくやっている。実際に見てはいないが、みんなのこの数週間での君への評価を聞いていればよく分かる。だが、三日三晩の努力だけでその道の一流になれるのなら、そもそもこの世界で争いなんて起こらない。書けない作家を支え、再起させるのは編集者としてこの上ないほどに難易度の高いミッションだ。いくら君が南雲の同級生だからと言って、それとこれとでは話は全く違う」
ただの同級生じゃありません!
その反論が喉元まで出かかったが、直前のところで飲み込む。
違う。
私は結局、高校時代、何も出来なかったんだ。
特別な同級生どころか、ただの同級生にもなれなかった。
高嶺の花であるプライドが邪魔をして、ひたすら目で追っていた彼に話しかけることさえも、出来なかった。
「ここは折れてくれ。薫ちゃん。大丈夫。南雲泰雲はこれからのぎんがが戦う上で間違いなく欠かせないキーマンだ。ぞんざいな扱いは絶対しない。担当も、僕が直々に勤めるつもり。それだけの作家だよ、彼は。納得してくれとは言わない。だけど、ほんの少しだけでも良いから、俺を信じてくれないか」
「僕からも頼みます相川さん。編集長は、人としてはどうしようもないけれど、編集者としての腕は確かなんだ。きっとこの人に任せれば、間違いなく南雲先生は再び返り咲ける。それどころか、このぎんがで文芸の長い歴史に残る名作を創り出すことさえできるかもしれない」
先ほどまで、編集長といがみ合ってた笹川が言うからこそ、より説得力が感じられた。
実際私自身も、奈良編集長はふざけた人だとは思うけれど、時々垣間見る得体の知れなさから、充分に編集者としての確かな能力を感じていた。
それに何より、あの優佳編集長の元夫だし。
そんな人が、仕事において凡庸なはずがない。
「・・・・」
迫る二人に、私は即答できずにいた。
きっと、彼らの言う通りにした方がいいのだろう。
編集者として素人同然の私が担当するよりも、奈良編集長に任せた方が松井君にとっても良いことも充分に理解している。
でも、私は・・・。
昨夜見た夢を。高校時代の苦い記憶を。
思い出す。
「嫌です!折れません!!」
声を震わせながら、崖から飛び降りる気分で吐露した。
どうしようもないほどのワガママであることは、充分に承知している。
ぎんがのことを考えれば、ここで私が身を引くべきであることも。
だけど、もう嫌なんだ。
何も出来ずにただ彼を見ている事しか出来ない自分に戻るのは。
過去はどうあがいてもやり直せない。
でも現在は違う。
「もう少しだけ、私にチャンスを下さい!!お願いします!」
あえて多くは語らない。
功無き者の言葉など、所詮は耳障りな騒音でしかないのだから。
ただ今は、簡単に諦めたくなくて、全力でひたすらに頭を下げ続ける。
二人がどんな顔をしているのかは、怖くて見れなかったけど。
「二週間ね」
奈良編集長の低い声が、室内に微かに響く。
「二週間、時間をあげる。それで無理だったら、潔く諦めてもらうから」
二週間。
それが長いのか短いのか、今の私にはピンとこない。
でも、崖っぷちに立たされた状況で、何とか与えられたラストチャンス。
「ありがとうございます!このチャンス、必ずものにしてみせます」
もうすっかり馴染んだ黒髪を揺らしながら、宣言する。
絶対に、このチャンスを無下には出来ない。
私が失った青春を、取り戻すためにも。




