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高嶺の花だったのは過去の話でしょ?  作者: 国見双葉
2章 元高嶺の花、失った青春を想い出す
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28話

「お疲れ様です!ただいま戻りました~」


グラサンアロハが編集長だと分かった以上、いつまでもあの公園で珍獣化している訳にもいかないので、慌てて編集部に戻ってきた。


「あ、相川さん。お疲れ様」


私と入れ違いで編集部を出ようとしていた海老原と相対する形となり、私は表情を明るくさせ、「海老原さん」と右手を上げた。


あれから海老原さんとはある程度打ち解けて、もう彼女に対する苦手意識や恐怖心は息を潜めていた。


それに、彼女と私は同い年であることが発覚し、より親近感が芽生え、今では友人のようでもありながら頼もしい先輩編集者として、ぶっちゃけ笹川さんよりも頼りにしている。


「どうでした?南雲先生は」


「何か、現実逃避で松島に行っちゃいました」


「そうですか。まあ作家に限らずクリエイターにはよくあることですね。あまり相川さんが気に留める必要はないと思いますよ。毎日の働きぶりから見て、あなたが編集者として出来ることは、充分やっていると思いますし」


「ありがとうございます海老原さんん」


なぜだろう。海老原に褒められると、なぜかBRUJAの編集長に褒められた気分になる。


「ところで、海老原さんはどこへ?」


肩に明るい茶色のショルダーバッグを背負っていることから、お手洗いに行くわけじゃなさそうだ。


すると海老原さんはバッグから一枚のプリントを取り出し、私に渡してくれた。


そこには、ぎんがの表紙のデザインについての意見がまとめられていた。


「うちのクソ編集長がよーーーーーーーやく帰ってきて、よーーーーーーやく許可が下りたので、今からイラストレーターに依頼をしにいくところです」


「イラストレーター?」


資料をよく見ると、箇条書きで沢山の案が並んでいる所に一つ、赤丸で印がつけられていた。


イラストレーター・ゆいちゃそ。


今からこの人に、会いに行くということか。


「オタク向けの萌え系の絵イラストを得意とするネットを中心に活動している大人気イラストレーター・ゆいちゃそ。ネット世代の若者から絶大な支持を誇っている彼のイラストが次号の表紙によーーーーーーーやく決定したのです。二週間前くらいに、会議で決定はしていたのですが、どこぞの馬鹿が自分が帰国するまで動かないでくれとほざいたものですから」


「どこぞの馬鹿というのは、もしかして俺のことかい?」


声のする方へ振り返ると、先程のグラサンアロハのままで、奈良編集長がニヤニヤしながら私たちの方へと近づいてきた。


「ええ。そうです。他に誰がいますか」


「笹川とか?」


「確かにあの人もどうしようもない人間ですが、馬鹿ではありません」


「なるほど。確かに言えてるな」


はっはっは、と高らかに笑う奈良編集長。


いつもぎんがではこんな感じなのだろうか。


BRUJAで編集長に同じような態度を取ったとしたら、、、

ダメだ、想像するだけで恐怖で心臓が止まりそうになる。


「やっ!さっきぶりだね相川さん。突然だけど、相川さんはこの件ついてどう思う?」


突然話を振られ、私は慌てて口を開く。


「はい。若い世代に人気のあるイラストレーターを起用したのは斬新で良いアイディアだと思います。インパクトもありますし、BRUJA時代から、雑誌の表紙が持つ影響力というのは、痛いほど理解しているつもりです。ですが、今回のようなパターンだと、確かに今まで文芸誌に馴染みの無かった若者が手に取りやすいという利点があるとは思いますが、肝心の中身とのギャップから、実際に購買に至る可能性は、高くないのではないでしょうか。それよりも、従来の読者の層から考えるに、マイナス面の方が多いかと・・・・(めっちゃ勉強してきた)」


「ね、熱弁ありがとう。申し訳ないけど俺が訊いたのは、俺が馬鹿かそうじゃないかという件だったんだけど・・・」


「そ、そっちですか?!」


私はてっきり、自分が試されてると思ったのに。


海老原はそんな編集長を冷たい目で睨みつけた後、大きくため息をついた。


「そんな分かり切ってる答え、わざわざ訊くまでもないじゃないですか。で、今の相川さんの意見は、どう思われるんです?」


海老原に尋ねられ、奈良編集長は彼女に向けて不満そうに唇を尖らせた後、口を開いた。


「確かに、相川さんの意見は正しい。飛び道具を使うにも、それに適した環境と状況を見極めなければ逆に自分の首を絞めることにもなりかねない。だけど、今回の場合は、論点はそこじゃない」


「どういうことですか?」

首を傾げる私に、奈良編集長は決め顔で指を鳴らす。


「読者の気を惹かせるんじゃない。世間の気を惹かせるんだ。伝統ある文芸雑誌が、その格式にそぐわぬ奇抜な表紙を採用したその事実こそが、大事なんだ。もはや読者も売り上げもメディアからの注目度も空前の灯のこのぎんがに唯一残されたもの。それが、長年積み重ねた歴史と伝統だ。その伝統に、泥を塗る真似をしてみろ。今までぎんがを見向きもしなかった層がその行為に怒り、勝手にぎんがのことを意識してくれる。当然その中には、メディアも含まれる。いいかい?薫ちゃん。何の力も無い我々が世間の注目を集めたければ、手段を選ばず、大胆なことをするしかないんだよ。赤ん坊が親の気を引くために大声で泣くのと同じように、我々もぎんがという五大文芸誌に連なる名前を掲げ、全力で駄々をこねる。要するに今は、ぎんがの名を大勢の人に知ってもらうことが大事。例えそれが、悪名であってもね」


奈良編集長の言葉に、私は今まで味わったことがない種類の感動で胸がいっぱいになった。


そのやり方が正しいかは分からないけれど、妙に説得力がある。

これが、ぎんがの編集長。


BRUJAとは全くタイプの違う編集長だけれど、確かにすの姿は威厳に満ち溢れていた。


「でも、それで悪名だけ広がったらどうしようもないんじゃないですか?」


海老原が、腕を組みながら鋭いツッコミを入れる。


すると編集長は、ニコリと笑って再び指を鳴らした。


「それは問題ない。手を取ってくれさえすれば、誰もが満足して頂けるだけのクオリティは間違いなく保証できる。時代の流れによってこんな悲惨な状況まで追い込まれたけれど、これまでの数十年間、確かに我々と作家は力を合わせて、とことん良いもの、良い文章を追求してこの雑誌を創ってきた。その誇りと自信があるからこそ、思う存分アウトローなことが出来るんじゃないか」


海老原はクスっと笑って、「それもそうですね」と頷いた。


「だからといって、編集長までアウトローな行動を取るのはどうかと思いますけどねー」


と、一言嫌味をぶつけた後で、海老原は背中を向けて編集部を出た。



その場に二人取り残された私と奈良編集長は、改めて互いに挨拶をした。


そしてその後、私が自分のデスクに戻ろうとしたその時、奈良編集長から背中越しに呼び止められる。


「あ、薫ちゃん。ちょっと君に話があるから会議室においで」



編集長からの、会議室への呼び出し。


うう、過去のトラウマで心臓が・・・。

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