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高嶺の花だったのは過去の話でしょ?  作者: 国見双葉
1章 高嶺の花、戦力外通告を受ける
26/35

25話

翌日、私がぎんが編集部へ出勤すると皆にスタンディングオベーションで迎えられた。


「大手柄ですね相川さん!」


一番に笹川さんがハグしてきそうな勢いで駆け寄ってきたので、反射的に避ける。


「私、なにかしましたか?」


ジャンプしそうになるほど嬉しい気持ちを堪え、あくまでクールに尋ねると、朝一番に南雲先生からぎんがでの連載の誘いを承諾する旨が伝えられたらしい。


「ありがとうございます相川さん!!正直、今後のことを考えると南雲先生無ではなかなか厳しかったんですよ。ハワイで遊び呆けてる編集長にもどやされてたし。クソッ!あの野郎(小声)ゴホンゴホン。とにかく、凄く助かりました。本当に恩に着ます」


笹川の言葉に、編集部の人たちも大きく頷き、彼同様に頭を下げる。


「いえいえ、私はなにも」


謙遜しながらも、心の中では大フィーバー状態である。

仕事で褒められるのって、こんなにも嬉しい気持ちになるんだ。

BRUJAでは結局一度も成果を上げることが出来ず、当然褒められもしなかったので、初めての経験に心が躍る。


自己肯定感と承認欲求が一気に満たされていくこの感覚はまさに麻薬だ。


仕事に生きる人たちの気持ちが少しわかったかも。


ほぼ毎日こんなドラッグのような感覚を味わってるなら、そりゃ恋愛やプライベートにかまけずに薬漬けの日々を送るわ。


「どうやってあの南雲先生を口説いたの?!」


「先生とは、どういう関係?」


「彼氏は居るの?お金に困ってない?」


少し関係のない質問も混じっているようだが、まるでヒーローインタビューでも受けているかのような質問攻めに、私の心はますます満たされていく。


その喜びが、頂点に達しようとした瞬間のことだった。


「虫が良すぎると思わないんですか?!」


若い女特有の甲高い声。

こんな声を発することの人物など、一人しかいない。海老原里奈だ。



「皆さん昨日まで、相川さんにロクに期待してなかったじゃないですか。『容姿だけじゃ世の中渡っていけない』だの『まだ彼女は雑誌の編集者とは何たるかを理解してない』だの、散々言ってたくせに。思わぬ成果を上げた途端、これですか。手の平返しも甚だしい」


編集室に、彼女の声が響き渡る。

海老原の声は、よく通る。


おじさんたちが一斉に気まずそうに私から視線を逸らし、俯いた。


誰かが小声で「別にそれを本人の前で言う必要はないじゃない」と呟く。

激しく同意。


「つまり、海老原さんは何を言いたいのかな?」


何とか場を収めようと、笹川さんが作り笑いを浮かべながら、探るような口調で尋ねる。


海老原はしばらく間を空けて、意を決したように深呼吸をした後、答える。


「そんなうわ言を叩く前に、やるべきことがあるのではないでしょうかと申しています」


彼女の言葉に、その場にいた全員がハッとさせられた。


一番最初に動いたのは、笹川だった。


「すみません相川さん。私は正直、あなたには編集者として何の期待もしていませんでした。ただ、若くて綺麗どころの元ファッション雑誌編集者としての君しか、見ていなかった。本当に、申し訳ない」


頭頂部の薄くなった頭皮が確認できるくらい、深く深く頭を下げる笹川さん。彼に倣って、これまた頭皮が危ういおじさん達も、次々と頭を下げていく。


「そんな、やめて下さいよ。私だってこの間、あんな酷いことを・・・」


ぎんが編集部のことを侮辱した。

実際、私の方は本当に見た目と若さしか取り柄がない訳だし、そう思われても仕方ないと腹を括っていたところもある。

けれど、私はぎんがのことや小説のこと、純文学のことをよく知ろうともせずにそこで働く人たちの名誉を傷つけるようなことを言った。


罪は、私の方が、はるかに重い。


こんなことで、許されるとは思わないけれど・・・。


私は、社会人が出来る最上級の謝罪の形を取ろうと、地面にひざをつけようとしたその瞬間、誰かに腕を掴まれる。


海老原だった。


「このぎんが編集部には、30歳未満の編集者ならば、どんなミスをしても大目に見てもらえるという暗黙の掟があります。だから、あなたが『それ』を行う必要はありません」


「いや、そんな掟は無かったと思うけど――――――」


「うるせえドルオタ!!空気読め!!!!」


口を挟もうとした笹川に、一時メガネを外した海老原が吠える。


こっっっっわ・・・・。


見た目からは想像できないその怖すぎる口調と表情に、私も含めその場にいた誰もがビビり散らかす。


海老原は周りを見渡してガンをつけた後、何事も無かったかのようにメガネを装着し、こちらを振り返る。


「だから、私もあなたに謝りませんから。それに、何も間違ったことを言ったつもりもありませんから。それで、いいですね?」


「は、はい。私こそ、この間は怒鳴っちゃってごめんなさい」


「だから、謝らなくていいって言ってるではありませんか」


「はい、ごめんなさい」


「あの、話聞いてますか?」


いやいや、あれを見せつけられた後に自然な態度を取る方が無理に決まってる。


ビクつく私に、海老原は呆れたように小さく微笑みかけ、右手を差し出してくる。


「よし。これで、今までのことは全て水に流れましたね。改めまして、ぎんがへようこそ。相川薫さん。共にぎんがを奇跡の復活に導く仲間として、あなたのことを歓迎します。これから、どうぞよろしくお願いします」


私はその差し出された手を、迷いなく握り返す。


震えは、もうない。


彼女の手の体温を感じる。

想像以上に、温かい。





「こちらこそ、よろしくお願いします!!」



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