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高嶺の花だったのは過去の話でしょ?  作者: 国見双葉
1章 高嶺の花、戦力外通告を受ける
24/35

23話

「....!」


上手く思考がまとまっていた訳じゃないが、何か言わねばと思い口を開こうとしたその時、ブザー音と共に館内の照明が消え、本編が始まった。



それからの2時間は、あっという間だった。


『未来の彼女の独り言』は、タイムリープものの恋愛作品で、大まかなあらすじとしてはひょんなことから未来の自分に起こる出来事の音声が聴こえるようになった男子高校生の主人公が、3年後に付き合い始める彼女の身に降りかかる最悪の不幸を阻止するため、過去である「現在」から、奮闘する物語である。


主人公が彼女のために奮闘すればするほど、彼女と結ばれるはずだった未来に綻びが生じ、最終的に彼女を襲う不幸は免れることが出来たものの、未来を変えた報いとして二人は他人同士になってしまうというなんとも救いのない結末を迎えることになるが、それがまた、この作品の魅力の一つとも言える。



印象的なシーンと言えば、ラストに主人公と彼女の別れの場面。


そこで、主人公が彼女と別れた後に言った独り言がこの物語の本質のテーマを表しているように思えた。



『別に俺は、お前が幸せなら俺自身も幸せとか、そんな大層なことを言えるほど出来た人間じゃない。でも、自分がちょっと不幸になることで大きな幸せを手に入れられる人が居るとすれば、俺は迷わずにその人の幸せを優先したい。こういうの、自己犠牲って言うのかな。でも俺は、これからもそういう人生を歩んで行くんだろうな。それが、未来の声を聴くことが出来る存在の使命だと信じて』



小説で読んだ時の印象は、未来に向けて決意を新たにする的なイメージだったが、実際に役者の声に乗せて聴いたところ、どこか切なく感じられた。


解釈違いだ。


と、一瞬感じたがよくよく考えるればこっちの方が正しい解釈なのではないかとも思えてきた。



終わった後、松井くんに聞こうかとも思ったが、結局私はそれをしなかった。


松井くんは映画の最中、ラブシーンでは両手で顔を隠して恥ずかしそうにしたり、ところどころの場面で首を捻ったり、時々恐る恐るといった様子で私の横顔をチラリと覗いて何故かポップコーンを爆食いする(私って、そんなに食の進む顔面してるかな?)などの忙しいリアクションを取っていた。



「どう、でしたか?」



映画館の隣にあるチェーンのカフェで抹茶ラテを飲みながら、私は鑑賞後初めて口を開いた。


「反省点ばかりでしたね。別に手を抜いてた訳ではありませんが、もっと面白く仕上げられたと悔しさでいっぱいです」


「いやいやいや!充分面白かったですよ。お客さんの反応も良かったじゃないですか」


「そうなんですかね」


「そうですよ!まあ、私は原作の方が登場人物の心理描写が丁寧に描かれていて好きですけど」


カップを両手で包むように持っていた松井くんの動きがピタリと止まる。



「え、原作を読んでくれていたんですか?」


「はい。ネットに掲載されているものも含めて、この一週間で南雲作品は全て網羅させて頂きました!おかげで見てくださいこのクマ。メイクで上手く隠せていますが、近くで見るとほら」


「近いです近いです相川さん。僕まで夜寝れなくなります」



クマを見てもらおうと、テーブルから身を乗り出したところ、松井くんに全力で拒まれた。


その乙女のような幼い反応に、私は思わず苦笑いを浮かべる。


「なんですか。人をお化けみたいに。失礼しちゃいますよ」


女性への耐性、低いんだなぁ。



「...何が目的ですか」



抹茶ラテを飲み干し、彼は突然真剣な表情を浮かべた。


「い、いきなりどうしたんですか」


さっきまで、そんな雰囲気じゃなかったのに。


いや、このデート中、彼の表情の中にはどこか曇りがあった。


松井くんはずっと、これを言い出すタイミングを伺っていたのだ。


そのタイミングが、今だっただけ。


「言っておきますけど、僕はもう創作活動を続ける気はありません。恐らく『僕の映画を一緒に見て、こんな大勢の人が貴方の作品を待ってるんですから』的なノリで説得を試みてたのでしょうが、書けないものは書けないんで、仕方の無いことなんですよ」


バ、バ、バレてたァァァ!


まさしく、松井くんの言う通りだ。


自分の作品を待ってる人がこんなにも居ると分かれば、優しい松井くんであれば再び筆を取ってくれるだろうと期待して今回のデートプランを練った。



それなのに、策をあっさりと見破られた上に、真っ向からそれを否定され、冷や汗が止まらない私。


私の浅知恵など、所詮この程度か。



「で、でも!実際作品に対する想いも語って下さったじゃないですか。つまり、まだ創作への未練はあるって事ですよね?ならば、作品を楽しみにしてくれている方々のためにも、諦めるのはまだ早いんじゃ...」


彼の作品を全て読んだ今ならば、ハッキリと言える。


彼ほどの才能を、こんなところで散らすのはあまりに勿体なすぎる。


ポップコーンのない映画など、半分損してるようなものだ。



「ありがとうございます」


どうして...。


どうしてそこで、礼を言うんですか。



「貴方にそこまで言って貰えたのなら、僕の.,.いえ、南雲泰雲としての未練は、もうありません」


どうして...。


どうしてお礼を言っているのに、そんなに悲しくて寂しそうな顔をしてるんですか。


そうだ。笹川さんも仰ってた。


一番悔しいのは、きっと松井くん自身なんだ。



映画館での、彼の言葉を思い出す。

徹夜で読み続けた、彼の渾身の名作の数々を思い出す。


きっと、彼の創作への想いは、私がBRUJAにかけていたのとは数百倍くらい強いだろう。


文字通り、彼は魂をかけて物語を通じて赤の他人の人生に寄り添い続けようとした。



それがこんな形で終幕を迎えるなんて、悔しくないはずがない。


彼の顔をよーく見る。


細い一重の下に、私以上のクマが広がってる。


何だよ。

私なんか関係なしに、元々寝れてないんじゃん。


それなのに、ついこの間再会したばかりの同級生のために。


学生時代話したこともないほとんど赤の他人のような存在の私なんかのために真意を見抜いた上でこんな茶番に付き合ってくれるなんて。

今が一番辛い時期のはずなのに、気遣いすらも欠かさずに。



やめてくださいよ。


どれだけ、高いところに居るんですか。


見上げすぎてもう、首が痛いです。



絶対に、泣いてはいけない場面だと分かっているのに、溢れ出した涙は、もう止まらなかった。

彼を想い、自分を恥じ、泣けてくる。


それを見て、分かりやすく慌てる彼。


やっぱりダメだな、私。


ここで泣いたら、また松井くんが心をすり減らしながら気遣ってくれちゃうのに。



高嶺の花とか思ってた自分が、本当に恥ずかしい。


正直、今すぐに逃げ出したいけれど、もう、私は決めたんだ。


知らない自分を見つけるんだって。

やりたいことを、やろう。



ダメ私が出来ること。



そんなの、分かるわけないけど、ここで動かなきゃ物語はいつまで経っても始まらない。



私は周りの視線も気にせずに音を立てて鼻水を啜り、腕で涙を拭ってフンと鼻を鳴らし、仕切り直した。



「松井くん。見て...」


私は前髪をあげ、おでこを露わにし、その中央にある赤い点を人差し指で示した。



「デカくない?このニキビ。一昨日出来たの。凄いでしょ」


いや、何やってるの私の知らない私.....。


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