21話
「念の為もう一度確認しておきますけど、本当にあの人達とはそういった繋がりはない訳ですね?」
「だからそう言ってるじゃないですか!」
私と松井くんは、ハルタくん達とは四つほど離れたテーブル席で、二人向かい合って座っている。
「ミチヨさんは変なところで茶目っ気があるからなあ。勘弁して欲しいですよ」
すっかり落ち着いた様子の松井くんは、遠くでこちらに向かってニコニコしながら手を振っている奥さん.,.じゃなかった、ハルタママを見ながら苦笑いを浮かべる。
話を整理しよう。
ミチヨさんの茶目っ気のせいで、一時場は混沌を極めたが、その後すぐに本人の口からそれは冗談であることを伝えられた。
半年前、ハルタくんが店内に響き渡る程に大泣きしているところ、松井くんが彼を泣き止ませそうとしてくれたのがきっかけで、レストラン内で会えば時々相席する関係になったのだという。
相席している間は、松井くんがハルタくんの面倒を見て、なんちゃって保育士的なことをしているらしい。
『この子が生まれてすぐに、旦那が単身赴任に大阪へ行ってしまったものですから。頼れる親戚も東京には居ないので、この子がいるとなかなかゆっくりと食事をするのも難しいんですよ。だから、このレストランで大和さんとこうして一緒に過ごす時間は、私にとって唯一子育ての忙しさから解放されて、落ち着ける時間なんですよ。ハルタもよく、大和さんには懐いていますし。助かってます』
ミチヨさんは、本当に松井くんには頭が上がらないといった様子でそう言っていた。
松井くんは首を横に小刻みに動かしながら激しく謙遜していたけれど。
「ミチヨさんのそういう茶目っ気のあるところが、好きだったり?」
ちょっと揶揄うように言ってみると、予想通り松井くんは激しく動揺しながらしどろもどろに否定した。
「僕はただ、育児に追われるミチヨさんにも息つける時間をほんの少しでも提供したくて。それに、前に作品の取材で子育てに奮闘する母親の皆さんに話を伺ったことがあるんですけど、ホントに子育てって大変なんですよ!専業主婦ともなると24時間ずっと子供のことを考えなきゃならないし、自分の時間なんて取れやしない。だからこそ、手の届く範囲で僕に出来ることは、手助けしたいんです。まあ、単純に僕が子供好きなのもあるんですけど」
27歳独身女には、少し心がチクリとする。
自分のことすらも疎かなのに、子供を育てることなんて、私には一生かかっても危うい。
そう考えると本当に、世のママさん達は凄いの一言に尽きる。
そして、そのような考えを抱ける松井君も、凄い。
「それはいいとして、どうして相川さんはここに?」
「ああ。そういえばそうでした。すいません。実は私、南雲先生に用事があってこちらに伺ったんです」
「ぼ、僕にですか?!」
私は黒のメリハリエアリーショートの髪を揺らしながら、こくりと頷いた。
前のブラウンは、ぎんがのお堅い編集部では浮いてしまうかなと思い、先日、心機一転、美容室で高校以来の黒髪に。
おかげさまで、黒髪に合う私服があまり無いのでコーデが難しい...。トホホ。近いうちに、買い物行きたいと強く想ふ。
正直、松井くんにビックリして貰えるかなと淡い期待も抱いていたが、現実は厳しく、出だしで私の方がビックリする展開となってしまった。
「すいません。アポも取らずにいきなり押しかける形となってしまって。連絡先までは入手出来なかったものですから」
「いえいえ。こちらこそわざわざここまで出向いて貰って申し訳ありません。で、用事とは?」
南雲先生の表情が、一気に仕事モードへと切り替わり、それに伴って頭の寝癖までピンと伸びたような錯覚を覚える。
私はバッグから用意して居たものを取り出し、それをテーブルの中央にドンと置いた。
出されたものは、二枚の映画チケット。
意味が分からないといった様子で、南雲先生はキョトンとした表情を浮かべる。
「な、なんですか?これは」
「映画のチケットです」
「いや、それは分かりますけど」
私は両手をテーブルにつけて、勢いよく立ち上がり、身を乗り出して南雲先生に迫り、言った。
「松井くん!!私と、今から一緒にデートしてくれませんか?!!」
「.....へ?」
眉をピクピクさせながら、口を金魚のようにパクパクさせて私を見つめる松井くん。
両手を広げて、某なかやまきんに君のように全力の笑顔を作る私。
信じられないかもしれないが、それから三分も、そのままの状態で場が膠着していたので、埒が明かないと思った私は松井くんの手を取り、半ば無理やりに彼を誘拐した。
会計を済ませてレストランを出て、呆然とする松井くんの手を引っ張りながら私は後ろをチラリと振り向いて言う。
「大丈夫です!下心はないので!安心してください!」
少々強引で迷惑すぎる行動だったかなとも感じたが、私はあえて、理性を捨てた。
#誘拐デート
「ワードとしては、面白いわね」
編集長の声が、都合よく脳裏に響いた。




