20話
それから一週間後、私は松井くんと初めて出会ったファミリーレストランに居た。
前回と違って、土日なので、家族連れのお客さんが割といる。
休日を仕事のために使うのは、初めての事だ。
理由は当然、彼と会うためである。
戦場に赴く兵士になった気分で、武者震い(ただの緊張)が止まらない。
服装は、黒のワイドパンツに緑の無地Tシャツという松井くんに合わせたラフコーデ。
勝負下着は、レース素材のピンクのブラショーツ。
おい、誰だ。そんな情報要らねーよとか思ったの。
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これは、先日のこと。
笹川さんに「南雲先生を説得させて下さい」と頼み込んだとき、彼は当然反対した。
「この前も言っただろう。私たちは精神医でもカウンセラーでもない、ただの編集者だ。作家のスランプは、精神的な問題・・・もはや、心の病気なんだよ。出来ることなんて、あるはずない」
「だとしても、諦めたくないんです!」
珍しく険しい顔をしながら私を諫める笹川さんに臆せず、私は強く言いきった。
「自分の無力さは、分かってるつもりです。ですが、ここで何もしなければそれこそ私はずっと無力のまま。これから、ぎんがで働かせて頂く上でのけじめとして、せめて同級生の説得くらいは、やらせてほしいんです。お願いします!!!」
90度に頭を下げ、身体を震わせながら懇願すると、笹川も渋々といった感じで了承してくれた。
ありがとうございます。笹川さん。
私、精一杯頑張ります!
その後、編集室を出ようとした際、海老原さんが何か言いたげな表情でこちらを伺っているのが見えたがスルーした。
まだ私は、彼女と語るべき言葉を持ち合わせていない。
そう、考えたから。
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ジャンジャン編集部の人に聞いた話だと、確かにこの時間に松井くんはここで仕事をしているはずなんだけど・・・。
ドリンクバーを探すふりをして、私は空のコップ片手に松井くんを捜索する。
途中付近にいた店員に怪しげな視線を送られたが、得意の愛想笑いを浮かべながらペコペコすることでどうにか誤魔化す。
そして、捜索から2分。
店の一番端にある四人席から、松井くんと思わしき、寝癖が数本ついた頭がひょっこりと見えた。
自然を装いながら鼻歌まじりに接近する私。
ギリギリまで近づき、席の全貌が明らかになった瞬間、とんでもない光景が飛び込んできた。
「よーしよしよし。ハルタ。いい子だ」
まだ1歳にもなっていないだろうか。
小さな天使を抱き抱えながら、まさに父親の表情でその子をあやす松井くん。
赤ん坊は、とても松井くんに懐いてるようで、りんごのように丸くて真っ赤な顔をクシャクシャにさせながら、ゲラゲラと笑っている。
「「あ」」
私はあまりの衝撃に身を隠すのを忘れ、ただただ立ち尽くしてしまっていたところ、当然のように松井くんに見つかり、二人して同時に声を上げた。
松井くんと赤ん坊の反対側には、飲みかけのアイスコーヒーと手付かずのナポリタン。
テーブルの真ん中には、みんなで分ける式のエスカルゴとピザが仲睦まじく並べられていた。
もしかして、これは.....。
いやいや、もしかしなくてもそういうことだろうな。
「えっと、松井くん...」
表情がガチガチに固まらせてこちらを見つめている松井くん。
赤ん坊は、誰だコイツといった表情で私のことをポカンとしながら見ている。
「男の子?女の子?」
どうも私は、焦りすぎるとどこかズレた言葉を発するクセがあるらしい。
「えっと、、、何がですか?」
目を泳がせながら声を震わせる松井くん。
「いや、そのお子様...」
「ゆ、誘拐じゃないですよ?!!」
「誘拐なんですか?!!!」
「違います違います!!ハルタは、えっと、その...。僕が産んだ訳じゃないですからね?!」
「いや生物学的にそりゃそうでしょう」
「そっか。そうですよね。じゃあ、男の子です」
「いや『じゃあ』って、どういう脈略ですか。てか、別に松井くんの性別を聞いた訳じゃないですからね?!」
「え?!違いましたか?!」
「どう考えても違うでしょ?!それともなんですか?実は心は乙女でしたーとか、そういう感じですか?!」
気が動転している二人による世にも奇妙な会話劇に、ハルタと呼ばれた赤ん坊は、ゲラゲラと笑う。
思考が上手くまとまらずに、松井くんの次の言葉を待っていると、白いワンピースを着た私たちと同年代くらいの女性がこちらに向かって近づいてきた。
「あれ?大和さん。お知り合いですか?」
どうやら、この方がハルタ君の母親らしく、微笑みながら私に軽く会釈をすると、松井くんからハルタ君を受け取り、慣れた様子で小さな体を自らの胸で包み込む。
「はい、えっと、その...」
相変わらず、テンパっている様子の松井くん。
あまりの松井くんのテンパリように、謎に落ち着いてきた私は、その女性に向かって会釈をし、思い切って訊ねてみた。
「お二人の、ご関係は?」
謎にこちらに手を伸ばして口をパクパクさせる松井くん。
ママの胸でとろけるような表情を浮かべるハルタ。
そして、私を見たまま意味深な含み笑いを浮かべるハルタママ。
そして彼女は、ゆっくりと席に座った後、ハルタをユラユラと揺らして言った。
「こういう、関係です」
彼女が示した薬指には、光るものが。
「いつも主人が、お世話になっております」




