19話
現世に戻ってきた時、窓の外の空には朝日が昇っていた。
寝ていた訳では無い。
あれからずっと、物語の世界にのめり込んでいたのだ。
読み終えた作品の感想を一言で表すのならば、「ヤバい」だ。
興奮冷めやらぬままに、時間帯の事など忘れ、私は真知子に電話をかける。
5コール目くらいで、眠たそうな声をした真知子が出た。
「真知子!聞いて!!!私、今テレ紗読んだとこなんだけど、めっちゃ面白かった!!!エピローグが太郎(テレ紗の息子)の手紙で締めるのはもう反則だって!」
『まてまてまてデカいデカい。そのキンキン声のモニコはカロリー高すぎるて。うわ、まだ朝の4時じゃん。今日本でそんなにテンション高いのあんたくらいだよ』
真知子に指摘され、私は慌てて時計を確認する。
うわ、ほんとに4時だ。
このサイト、読了まで4時間とか大嘘つきおって。
私、8時間近く掛かってるんですけど!
「そりゃテンション上がるでしょ!最終章でのテレ紗の不器用ながらも母親としての成長ぶり。それに応える太郎の健気さ。そしてラストのオチ!やっぱこうなるんかーい!って爆笑しちゃったよ」
『はいはいはい。それはそれは良かったね』
ここできちんとダメ女田中テレ紗の戦なき戦記という作品について説明しておく。
この作品の最大の魅力は、テレ紗のあまりにもぶっ飛んだダメっぷりで、流れ的には未成年での妊娠や、太郎の誘拐、親に勘当されるなど重すぎる内容が続くのであるが、テレ紗のキャラクターと南雲泰雲のユーモア溢れる文章から、終始笑えてしまう波乱万丈の明るい作風となっている。
その中でも、ダメダメなテレ紗が太郎の子育てを通して、母親としても一人の女としても人間としてもほんの少しではあるが成長していくところや、テレ紗を囲む個性豊かなキャラクター、中だるみのなく先が気になるすぎるストーリー展開などこの作品の魅力を上げだしたらキリがない。
おかげで私は、サイトの参考時間の2倍もの時間が掛かったものの、15万字を一気に読むことが出来。。。。
「ねえ、真知子」
『ん?』
「私、読めたよ」
作品を読み終えた先程とはまた違う感動が、私の中で湧き上がってくる。
「読めた!15万字!!あんなに活字、苦手だったのに!!!」
興奮で、さっき注意されたのにも関わらず、また声が自然と大きくなってしまう。
けれど、真知子は再びそれを咎めることはせず、クスッと小さく笑って『良かったね』と一言言った。
それから次の呑みでテル紗を語り尽くすことを約束した真知子と電話を切り、私は薄暗い沈黙した部屋の中で、ベッドに仰向けで横になりながら、大きく深呼吸をする。
「面白かったなぁ」
意識する訳でもなく、勝手に声が漏れる。
作品への余韻と活字を読めた喜びが、寝不足で疲れているはずの私の心をいっぱいに満たす。
こんな感覚になるのは、BRUJAを初めて読んだ時以来だろうか。
なんか、上手く言語化出来ないけど、世界が広がった気がした。
大袈裟かもしれないけれど、この世にはまだ私の知らない世界が無限に広がっていて、その中には私の価値観や人生観をも変えてしまうようなものが、隠されているかもしれない。
こんな気持ち、いつものようにダラダラとYouTubeやファッション誌を見ていたら味わえ無かったんだろうな。
小説、案外悪くないかも。
そう感じると同時に、南雲泰雲もとい、松井大和の凄さもより感じる。
どういう生き方をすれば、あんなに素敵な物語が思いつくんだろう。
知りたい、もっと。
松井大和のことも、南雲泰雲のことも。
いや、それだけじゃない。
小説のことも、ぎんがのことも。
作品でも、こんなシーンがあったっけ。
色々あって風俗嬢のオトナのお姉さんと出会い、彼女に憧れた色気皆無のテル紗がオトナの世界に足を踏み入れる場面。
結局彼女の根本からの芋女っぷりと、太郎の存在によって、逆にその挑戦が原因で窮地に陥り、物語の定番の流れの通り、盛大に失敗するのだが、今全てを読み終えて改めて冷静に考えてみると、彼女のその勇気は大きく尊敬に値するものがあるように思えてくる。
『ダメって、そんなダメかな?』
ここで不思議と早苗に言われた言葉が、脳裏に浮かんだ。
「ダメじゃ、ないかも」
確かに、テル紗のあまりのダメ女っぷりは自分の身を何度も滅ぼすようなしているし、現実の知り合いにテル紗みたいな子がいたらきっと心配で気が気でなくなるだろう。
だけど、何事に対しても懸命に、自分らしく生きているテル紗は作品に登場するキャラクターの中で最も輝いてみえた。
決して美しい生き方ではないけれど、生き様は美しい。
そう思えるようになったのは、間違いなくこの物語に出会ったおかげだ。
物語って、凄い。
そして、あんなに苦手だった活字の小説を読んでそんな想いにふけっている自分にも、驚きを感じる。
自分の知らない自分に出会えた気がして、不思議な感覚に襲われる。
もっと知りたい。
「私のことも」
実際ぎんがで本気で頑張ってみたら、一体どんな展開が待っているんだろう。
今まで恐れていた通り、やっぱり私は見た目しか取り柄のないダメ女で、テル紗のように空回りするだけで何もかも上手くいかないかもしれない。
「でも、それでいいじゃん」
高嶺の花だったのは過去の話なんでしょ?
私らしく、なんて。
高嶺の花らしく、なんて。
そんなの、私だって分からない。
だって、こんな身近にも私の知らない世界は広がっていた。
ならば、私だって、私の知らない私の世界が広がっていてもいいはずだ。
何を恐れていたんだろう。
私は高嶺の花である前に、相川薫。
美しくも植物でもない、生身の醜い人間だ。
プライドなんて、捨ててしまえ。
私を創るのは、過去の自分じゃなくて、今の自分。
そして、未来の自分だ。
やりたいように、やろう。
私のやりたいこと。
一歩を踏み出して、自分を変えたい。
こんなの、5年前。いいや、もっともっと昔から分かりきってた。
だけど今は、それだけじゃない。
南雲先生には、もっと書いていて欲しい。
少しは感情移入出来たとはいえ、正直ぎんがにはまだ愛着が湧かない。
だけど、こんなにも素敵な物語を書ける南雲泰雲の才能をこのまま何の対策もせずに絶やしてしまうのは、あまりに勿体ないし、私自身が嫌だ!
私に、何が出来るのか。
いや、違う。
何も出来なくてもいい。
ただ、何もせずに諦めたくない。
私は、拳を強く握りしめ、全身に力を入れる。
「さあて、頑張っちゃうか!」
心臓の鼓動が高鳴る。
ああ、なんかいいな。
私、今、生きてるって感じする。




