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高嶺の花だったのは過去の話でしょ?  作者: 国見双葉
1章 高嶺の花、戦力外通告を受ける
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1話

「クビを通告されて、どうしてですかと返す時点であなたはもう二流なのよ。自分の力量も正確に把握できないような人間が通用する世界でないことは、この五年間で充分に理解してるはずよね?相川さん?」


たった今、上司から元上司へと肩書が変わった編集長の冷たい視線が、私に突き刺さった。まるで、喉元にナイフを突きつけられているような窮屈さを覚える。痛すぎる。


思えば、この目が原因で一体私はどれほどの涙を流してきただろう。

けれど、この編集部に勤めてきた五年間の中でも、今回のは桁違いに恐ろしい。


どうやら、私は本当に戦力外通告を受けてしまったらしい。


大手出版社、集新社が発行する女性ファッション誌【BRUJA】。

BRUJAとはスペイン語で魔女と訳す。

「魔女のような妖気的な美しさとミステリアスな雰囲気を貴女に」をキャッチコピーとした、メインターゲットを30代以降の比較的アダルトな女性層に設定しているが、背伸びしたい10代や色気が欲しい20代の女性にも絶大な支持を誇る、いわば大人への登竜門的な超人気女性ファッション雑誌である。


「理解はしているつもりです。私自身、この五年間で大した成長を出来てないことは自覚しています。ですけど、一言クビを宣告されてはいそうですかと吞めるほど、私のこの雑誌への想いは小さくありません。なのでどうか、私にもう少しだけチャンスを下さい!!」


私がBRUJAに出会ったのは、まだ高校生だった頃。

同年代の子たちが読者モデルをやっている、若者向けのキラキラしたファッション誌しか知らなかった私は、母に連れられた美容室で暇つぶしにこの雑誌をめくった時、雷に打たれたような衝撃を覚えた。

思わず照れて目隠しをしてしまいそうな、露出の多い誘惑的な服装。ぱっと見地味だけれど、見れば見るほど緻密な計算の上に成り立つ上品さに心が研ぎ澄まされるコーディネート。高校生のお小遣いでは決して買えないような、セレブ御用達の目にするだけでため息が出るアイテムの数々。

メインのアイテムや、編集部からのちょっとした一言まで描かれているもの全てが、新鮮で、神々しくて、革命的だった。


汗をあまり掻かない体質の私が、冷房の効いた部屋で手汗が止まらなくなったのは、その時が最初で最後だ。


当時から、クラスで「オシャレのことなら薫ちゃん」と言われるほどにファッションの沼にどっぷりと浸かっていた私だったが、これまで知らなかった世界に足を踏み入れ、昨日まで意気揚々とファッションを語っていた自分を恥ずかしさでぶん殴ってやりたくなるほどに、私の価値観はBRUJAに一変させられた。


それ以降、すっかりBRUJAの魅力に憑りつかれた私は、ごく自然な流れで将来この雑誌の編集部で働くのが夢となり、持ち前の強運ぶりを発揮して、見事にその夢を叶えるに至った。


私は無謀だと薄々察していながらも、何度も何度も頭を下げた。

必要とあらば、喜んで土下座だってするし、絶対に求められることは無いであろうが、全裸にだってなる覚悟だ。


しかし、気合だけでどうにかなる世界ならば、最初から憧れてすらない。

編集長が私に言ったセリフは、予想していたよりもはるかに厳しいものだった。


「愚かな人間は、自分に与えられたチャンスにすらも気づかない。これ以上何か言うと、あなたに変な誤解をさせてしまいそうだから最後に一言忠告だけ。自分のために仕事をしている人間は、いつまで経っても一流にはなれないわよ。もちろん、人としてもね」


私の心を見透かしたような忠告に愕然とする中、編集長は私を一瞥もせずに会議室を後にした。


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