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高嶺の花だったのは過去の話でしょ?  作者: 国見双葉
1章 高嶺の花、戦力外通告を受ける
17/35

16話

高嶺の花だったのは、過去の話でしょ。


先日、真知子に言われた一言が頭にこびりついて離れない。


結局あれから平日ということもあってすぐに真知子とはお開きになり、早い時間に家に帰ってきたのだが、シャワーを浴び、布団に入ってからもずっと、私はあの居酒屋の中に居た。



「そう簡単に割り切れたら、始めから苦労してないよ」


眠気で視界がぼやけている中、カーテン越しの日光が私を照り付ける。


つくづく私は、過去の栄光に囚われたプライドの高い嫌な女だと思う。


私の心の中のモヤモヤは、全て真知子が言語化してくれた。


要するに、私は松井君に嫉妬しているのだ。


もう、いいや。


一晩考えて、なんか逆にすっきりした。


どっちにしろBRUJAにはもう二度と戻れないし、これからは楽な方に流れてこ。所詮私は、変わる勇気すらも持ってないんだし。


ずっと、彼を下だと思っていた。

それなのに、貴方はいつの間にか手の届かない天まで昇り、誰もが羨むような星となっていた。


あまりに高い所まで昇りすぎて、姿を拝むだけで首が痛い。

実際に今も、寝返りを打ち過ぎたせいか、ボキボキと首が鳴っている。


ロボットであるならば、修理が必要なくらいに。


スマホの時計を見た。

時刻は、6時。


女の朝の準備は、時間がかかる。

そろそろ、起きなければ。


ゆっくりとベッドから起き上がり、身支度が整った頃にはもう出発ギリギリの時間まで迫っていた。


いつもの電車に乗って、いつもの駅で降り、いつもの道を歩いて、いつものビルに入る。


そしていつものエレベーターに入り、いつもの階を・・・。


おっと、あぶねえ。そこは、いつもと違うんだった。


ぎんがでの勤務二日目。

また昨日と同じように笹川さんしかいないのかなと思っていたら、今度は割と人数が揃っていた。


「初めまして。昨日からここで働かせてもらってます相川薫です。若輩者ではありますが、どうぞよろしくお願いします」


9割方おじさんの編集者たちに向かって、挨拶をする。


「このぎんがにも、ようやく華が・・」


「薫ちゃん。何か分からないことがあったら、何でも聞いてね」


文芸誌に勤める人たちは、さぞかしお堅い人たちばかりだろうと思っていたので、想像以上の歓迎ぶりにかなり驚いた。


久しぶりに、満たされていく承認欲求にテンションの高まる私。


大丈夫。BRUJAじゃなければ、私は元の私。さすがに高嶺の花まではいかずとも、ある程度ちやほやされる私で居られる。


こんな考えに至るようになってしまったのも、先日の真知子との会話で悪い方に吹っ切れてしまったからなのだろう。


もはや自分を見失ってしまった私は、学生の頃のように無理に調子を上げてへらへらしながら口を開く。


「私、活字が苦手で本を全く読まないので分からないことだらけなんです。どうか、お助けを!」


この一言が、まずかった。


おじさん以外の残りの一割。

私を除けば、ぎんが唯一の20代の女性編集者であった(後で笹川さんに聞いた)おかっぱメガネのTHE・文学少女といった感じの海老原里奈が、眉間に皺を寄せて私に近づいてきたのだ。


「あなた、馬鹿にしてるんですか?」


おおー、話し方まで文学少女っぽい。などと、呑気な感想を抱いている余裕などなく、私は「え」と困惑気味に後ろへ一歩引いた。


「いくらファッション誌上がりとはいえ、出版社勤務で活字が苦手というのは一体どんな冗談ですか。ファッション誌も写真がメインとはいえ、多少は記事も書くでしょうに。ある程度の文章力は必要だと思いますけど」


「あはは。そうですよね~。それが無かったから、クビになったのかあ。なんて」


作り笑いを浮かべながら、誤魔化すように言う。

しかし海老原はそれに対し、クスリともせずにこう言い放った。


「ならばこのぎんがでも、只今を持ってあなたをクビにします」


なぬ?お主、平やろ?


「ぎんがは今、大事な時を迎えてるんです。あなたにとってぎんがは、クビになった後に不本意に飛ばされた場所くらいにしか思ってないでしょうけど、私たちにとっては何としてでも守りたい、大切な場所なんです。冷やかしはいりません。どうか、お引き取りを」


「ちょっと、海老原さん。そこまでにしてください。相川さんに失礼ですよ!」


ずっと隣で傍観していた笹川さんが、ここでようやく間に入ってくれる。


「先日一緒に仕事をしてみて感じましたが、相川さんはそんな人じゃありませんよ!それに、あなたに相川さんをクビにする権限なんて、無いでしょうに」


「まあ、ドルオタの笹川さんはそう言うと思ってましたよ。なら、編集長を呼んでください。私が説得して、この人を追い出します」


「いや、編集長は今、出張と称したハワイ旅行中だから・・・。ほら、編集長のインスタ。一時間前に、現地でナンパした金髪白人美女とのツーショット上げてる。てか、ドルオタって何のこと(小声)」


そう言って、スマホを掲げる笹川さん。


この状況下でも、あまりにぶっとんだ情報が目に飛び込み、私は目を丸くした。


「そうでした。真っ先に追い出さなければならないクソ野郎が居たんだった」


深くため息をついて頭を抱える海老原さん。


矛先がハワイ編集長に変わったのを好機と捉え、私はごちゃ混ぜになった感情を胸に、口を開いた。


「あのっ!」


その先に続ける言葉が見つからない。


いや、そんなもの、本当はとっくに見つかっている。

私の理性が、それを喉に通すのを拒んでいるだけだ。


全員の視線が、こちらに集まる。


海老原さんはこちらを向いて、あからさまに不機嫌な表情でため息をつく。



「なんですか。私、あなたみたいな人が一番嫌いなんですよ。外見が良いってだけで、何の苦労もせずに空っぽの頭で表面上の幸せだけを噛みしめて生きているような人間が。そもそも何が『活字が苦手です!助けて下さい』ですか。社会人であるならば、人に甘える前にまず最低限の努力をするのが当然でしょう」


「いい加減にしなさい海老原!!!」


「なんですか笹川さん。私、間違ったこと言ってないと思いますけど」


その通りだ。

海老原は、何も間違ったことを言ってない。


今まで面と向かって言われることが無かっただけで、私と対峙する女性の誰もがその感情を胸に抱いていたかもしれない。


本当に、BRUJA編集部のみんなも含めて、今まで私が関わってきた人達は優しかったんだ。


あの編集長でさえ、私の態度や行動、仕事への心構えを咎める事はあっても、直接的に私の人格そのものを否定するような言葉は絶対にしなかった。


だからこそ、私は、初めて受けたストレートな図星に。。。


これまで感じたことがないほどの、圧倒的な怒りが込み上げてきた。


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