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高嶺の花だったのは過去の話でしょ?  作者: 国見双葉
1章 高嶺の花、戦力外通告を受ける
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15話

「南雲泰雲?知ってるもなにも、私、ファンだけど」


ぎんがでの初出勤を終え、現在は真知子と行きつけの大衆居酒屋で合流し、乾杯ところだ。


仕事の話を聞かれたので、ふと気になって南雲を知っているか尋ねたところ、真知子は想像以上に良いリアクションをし、豪快に中ジョッキに入ったビールを一気に飲み干して、「くうー」と唸り声を上げた。


「うそ、そうなの?聞いてない。親友同士なのに隠し事なんて、ヒドイ!」


「そりゃ言わないよ。アンタ普段、ファッションと男と可愛いカフェのことしか考えてないでしょ。そんな偏った知識のアンタにその手の話題を振ったところで、仕方なくない?」


「ぐぬぬ。それは否めないけど・・・。でもでもでも、冬恋式はめっちゃ好きだもん」


「それはアンタが流行に流されやすいミーハーだからでしょ。それでその冬恋式の作者のことを調べて、他の作品も読んでみようってなったかい?」


「一ミリもその考えに至りませんでした」


「そーゆとこ。あたし、こう見えて気配りが出来る人間なの。その人が興味持たなそうな話題をわざわざしない。はい、ここまでで、まだ文句ありますか?」


「無いです。お詫びに、日本酒一気します」


「薫。それをお詫びとは言わない。今日潰れても前回のように介抱はしないからな」


ここまでテンプレの流れを行い、満足した私たちは店員を呼んで二杯目に突入する。

ちなみに冬恋式とは、真冬の恋の方程式の略称である。

初めに聞いた時は長いし語呂が悪いしで、イマイチピンとこなかったのだが、言い続けているうちに意外としっくりくるもので、今は違和感なく普通に使っている。


「それで、南雲先生がどうしたって?」


「うん。今日、会って来た」


「・・・へ?」

その瞬間、真知子の動きが固まって、持っていた箸がつまんでいた唐揚げもろともテーブルの上にポトリと落ちた。


普段であればそのまま唐揚げを手で拾い上げて口に放りなげるところ、真知子はそれを一瞥もすることなく、テーブルから身を乗り出して私に迫った。



「ちょっと待てどういうこと?アンタ、まだぎんがに配属になって一日目でしょ?それなのに、どうして南雲先生とかいう大物中の大物に会えるのよ。てか、ぎんがって文芸誌でしょ?何でネットのシナリオライターの南雲先生と接触なんか・・・。南雲先生って、オファーは殺到してるだろうに、メディア出演や取材を全て断ってて、謎が多いことでも有名なんだよ。おいおいおい。情報も酒も足りねえなあ。はよ、はよ」


普段は感情の起伏が少ない真知子が、ここまで興奮しているのを見るのは随分久しぶりのことなので、それだけ私が今日体験したことが一般の感覚からしたら異質なのだろう。

というか私ほどでは無いにしろ、読書をするイメージのない真知子がファンを公言するくらいなのだから、松井君は私が思っている以上に凄い人なのかもしれない。


私は周りに聞こえないくらいのボリュームで、今ぎんがが陥っている状況と、それに伴う今日の流れを包み隠さず真知子に説明した。


普通であれば秘密にしておくべきことなのかもしれないが、真知子には全信頼を寄せている上に、彼女自身スパイ並みに口が堅いのでBRUJA時代から、ついつい色々なことを喋ってしまう。


「えええええ?!!!!南雲泰雲が、あの松井大和?!!!!」


と思っていたら、見事に信頼を裏切られ、大声で驚愕のリアクションを取る真知子。


「しー。静かに」

慌てて私が唐揚げで口を塞ぎ、真知子の興奮が冷めるのを待つ。


彼女は唐揚げを咀嚼し、それを二杯目のビールで胃に流し込むと、ゆっくりと息を吐いた。


「松井って、休み時間もいつも教室の隅っこで必死な様子でノートになんか書いてたあの松井でしょ?マジか。あれ、小説書いてたのか。凄いなぁ。いや、マジで凄いわ」


「だよね。やっぱり、凄いよね」


「てか、凄いって言葉じゃ足りないわ。なんだろう。凄すぎて、語彙力も失うわ。あの松井が、南雲先生ねぇ」


私が以前松井くんに抱いていた感情は、当時からの仲である真知子には教えてない。


というか、その事は誰にも言っておらず、完全に私の中だけのトップシークレットである。


「でも、まさか南雲先生がそんなことになってたなんてね」


お酒を呑んで高まった身体の熱が、急に冷めていくのを感じた。



未だ私は、現在抱いているこのズシッと重くのしかかっているような感情の正体を特定するには至っていない。


交渉が失敗した悔しさとか、松井くんへの同情の悲しみとか、そんな分かりやすいものでは無い。



もっと、何か私自身の見えない心の奥底を刺激するような何か。


お酒を呑んで酔ってしまえばその瞬間はスッキリ忘れられると思っていたのだが、どうやらそう単純なものでもないらしい。


「同級生のよしみもあるし、何とかしてあげたい気持ちもあるけど、きっと私なんかじゃなにも...。結局関心や興味のあるBRUJAでも何も出来なかったし、文芸誌の編集者に今更なったところで、雑用くらいしかやらせてもらえないだろうし」



私が俯きがちにそう呟くと、真知子は三杯目のビールを半分ほど飲み込み、ガンッと音を立ててジョッキをテーブルに置いた。


「どうしたの?お酒不味かった?」


「酒は美味い!」


真知子は肘をテーブルにつけ、手のひらに顎を乗せると、細めで私を睨みつけてきた。


「薫。アンタ、本当にこのままでいいの?」


「え?」


「別に人生、仕事が全てじゃないと思う。薫の場合、美人だし、プライベートの方も今はたまたま彼氏が居ないとはいえいくらでも寄ってくる男は居るだろうから、一般常識としての女としての幸せは簡単に得られるんだろうし」


「真知子、突然何を?!」


「うっさい!とりあえず黙って聞いとれ」


口封じに、真知子に口の中に唐揚げ二個を放り込まれる。もう冷えきっていて、あまり美味しくはない。


「あたしさ、思うんだよ。仕事はお金を稼ぐためだけのものだから程々にこなせばいいって言う人が居るけどさ。あれは絶対嘘だって。だって、週5勤務で残業無しの8時間だとしても、一週間のうちの起きてる時間の半分は、仕事に費やしている訳でしょう?多少なりとも、どんな雑務だとしてもその仕事に対して情は湧くでしょう」


真知子は残りのビールを一気に平らげ、続ける。


「それを『私は趣味やプライベートに生きてるから〜』とかで疎かにして、長い人生の三分の一をただこなすだけの時間にしようとしている。それって、かなり勿体ない事だと思うんだよね」


そして真知子は、じっと私を見つめ、ジョッキを優しくテーブルに置いて、言った。


「嫌なことに、どれだけ生き甲斐を見出して楽しめるか。これが、あたしの人生のモットー」


真知子はピースをしながらそう言って、通りがかった店員に、四杯目のビールとつまみのチャンジャを注文する。


「真知子....」


私は二杯目のカルーアミルクを一口飲み、言った。


「結局、何が言いたかったの?」


すると真知子は「確かに」と小さく噴き出した。


「慣れないことやろうとしたから、上手くまとまんなかったわ。まあ、要するにアレよ。薫には、人生の三分の一を無駄にして欲しくないって訳よ」


真知子の言わんとしていることは分かる。


でも私は、別に好き好んで今のような生き方を選択している訳じゃ...。


言い返そうと口を開きかけたところで、真知子に再び冷えた唐揚げを突っ込まれる。


「私なんか、はもう無しだよ」


「んんん〜ん!(だって、実際そうじゃん)」


「要するにアレっしょ?口ではそんなこと言いつつ、心の中ではこんなはずじゃないって、過去の高嶺の花だった時代のプライドに執着してる訳でしょ?私はダメな女じゃない。周りの全員に愛されて、何事も華麗にこなすマドンナなんだって。だから、頑張りたくない。頑張って、自分の本当の底が見えちゃうのが怖い。生まれてから大学卒業までの22年間、人生のほとんどをずっと高嶺で育ってきただろうから、今さら地上になんて堕ちれないよな」


「.....」


真知子の言っていることは、正確に私の心の中を読み取っている。


他人にこうやって言語化されると、つくづく自分はめんどくさい人間だなと思ってしまう。


誰よりもダメな自分を認めているのに、ダメな自分になるのを誰よりも恐れている。


その事実から目を背けようと、条件の良い男の人と早くに結婚し、仕事を辞めてしまおうと婚活を頑張った時期もあった。


だけど私は、現在27歳の独身で結婚を見越せる彼氏も居ない。


これが、全てだ。



「やりたい仕事が、あるんだろ?高校時代は日陰でコソコソと生きていた松井大和と高嶺の花だった自分の差を感じて、悔しいんだろ?誰よりもプライドが低いと装って、誰よりもプライドが高い薫さんよぉ。もうこの際、あたしがハッキリ言ってやるよ」


高嶺の花だったのは、過去の話でしょ?

いい加減、一皮向けろよ相川薫。



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