12話
笹川さんが戻ってきたことで、場の空気が一旦リセットされ、三人でコーヒーをチビチビと飲む。
「ゴホッゴホッ!」
喉が乾いていたので、半分ほど一気に飲み干した時のことだった。
松井くんが思い切り咳き込んで、私が慌ててバッグからポケットティッシュを取り出し、彼に差し出す。
「あ、ありがとうございます」
松井くんは二枚ティッシュを取り出すと、それを口に当ててスーッと息を吐いた。
「もしかして、コーヒー苦手でしたか?」
笹川さんが尋ねると、松井くんは「すいません」と苦笑いを浮かべる。
「これは大変失礼しました。でも、飲めないのであればご無理をなさらなくて良かったのに」
笹川さんが深々と頭を下げて謝罪すると、松井くんは慌てて立ち上がって制する。
「いえいえ、悪いのは僕ですから謝らないでください。せっかく笹川様が準備して下さったものなのに。味わうことも出来ずにすみません....」
立ち上がった瞬間にテーブルに足をぶつけたのは見て見ぬふりをするとして、本当にその度が過ぎた気遣いから鈍臭さから何もかもがあの時から変わっていない。
「私、新しい飲み物持ってきますね」
これ以上無理に、苦手なコーヒーを飲ませる訳にはいかないと、松井くんの目の前にある飲みかけのコーヒーに手を伸ばそうとすると、彼は慌ててそれを止める。
「一口飲んだので、もう大丈夫です。美味しく、飲めます」
そんな謎理論を展開した松井くんは、渋い表情を浮かべながら残りのコーヒーを一気に飲み干す。
「ご馳走様でした」
そう言って、笹川さんに深々と頭を下げる松井くん。
そして、頭を下げられた笹川さんは申し訳なさそうに頭をポリポリ掻きながら、ペコペコとお辞儀をしている。
なんなんだこの空気。
松井くんのお人好しの度が過ぎてるせいで、笹川さんも困惑気味じゃないか。
早くコーヒーの苦さとこの微妙な空気を一新せねば。
コーヒーを飲み終えた二人に、二杯目のリクエストを尋ねた私は、そそくさとドリンクバーへと向かった。
松井くんは烏龍茶で、笹川さんはいちごミルクっと...。
待て、なんだいちごミルクって。
混乱してたのか知らんが、そんなものドリンクバーにないぞ。
仕方ない。同じ甘いものということでここはココアで代用するか。
烏龍茶とココアを両手に持ち、席に戻ると、二人の目の前には、私も見た先程の資料が広げられていた。
どうやら、決戦の狼煙はもう打ち上げられたらしい。
マジメな顔をして資料を読む松井くんの前に烏龍茶を。
そしてそんな松井くんを緊迫した様子で見つめる笹川さんの前にココアを置いた。
「すいません。いちごミルク無かったので、ココアで代用しました」と耳打ちすると、彼は「拙者、いちごミルクなんて言いましたっけ?」と首を傾げながらすぐさまココアに口をつける。
緊張のし過ぎで一人称がおかしくなってるぞ笹川。
しかも、上の空で無意識に口に出た飲み物がいちごミルクなんて、一体どんな人生を歩んできたんですか。
「なるほど」
さすが天才作家。
私よりも何倍も早いスピードであっという間に5枚綴りの資料を読み終えた松井くんは、さっきまでとは別人のような顔つきでこちらを見つめた。
「ぎんがさんの状況は分かりました。それで、この改革3が今回僕とこのような場を設けた理由になるわけですね」
「はい。そうです。今のぎんがには、南雲先生のお力が必要です。ですのでどうか、我々に手を差し伸べて下さらないでしょうか?」
そこで笹川さんが深々と頭を下げ、私もそれに倣う。
優しい松井くんのことだ。
事情が分かれば、きっと協力してくれる。
もう9割ほど、成功したものだと思って松井くんの返事を待つ私。
しかし、次に返って来た彼の返事は、私の予想を見事に裏切るものだった。
「申し訳ありませんが、僕ではお力になれません」




