10話
待ち合わせ場所のレストランは、国道沿いにあるファミリーレストランだった。
てっきり雰囲気のある高級レストランで交渉を行うものだと思った私は、少し拍子抜けをする。ちっ、美味いもの食べれると思ったのに。
「南雲先生が庶民派なのは、業界じゃ知らぬ者は居ないほど有名でね。今じゃ年収数十億の噂もあるほどの超高給取りなのに、やっぱり天才っていうのは一般人と感覚がズレてるんですかねぇ」
どうやらこのレストランを待ち合わせ場所に指定したのは南雲先生のようだった。
まだ彼は到着して居なかったので、私と笹川さんが隣り合わせに四人席テーブルに腰掛ける。
平日のお昼時ということもあり、店内に家族連れの客は少なく、私たちのようなスーツを着た会社員のグループがポツポツと居るぐらいで雰囲気は落ち着いていた。
「ここを指定したということは、南雲先生もよく来る場所なんですかね?店内もランチタイムにしては落ち着いてますし、案外ここを拠点に執筆活動をしてたり...」
「どうでしょうね。まあ、カフェなどの落ち着いた飲食店で仕事をする作家は、昔から多いですからね。私もよく、打ち合わせの資料作りを行きつけの喫茶店で取り組んだりしますし。相川さんはどうですか?」
「いいや!私にとってお店は食べる場所!!美味しそうな匂いの誘惑のせいで、仕事なんか手につきませんよ!」
キッパリと言うと、笹川はクスクスと口を抑えながら笑った。
「相川さんって、見た目は超絶カワイイのに、とてもとっつきやすいというか、美人特有の気高いオーラみたいなのが少ないですよね。正直最初に見た時は上手くやっていけるかなと不安だったんですけど、なんだかホッとしました」
「な、なんだかディスられた気もしますけど...。ありがとうございます?」
「いいえ、めっちゃ褒めてます。男はなんだかんだ、見上げるだけの高嶺の花より、触れられる路上の花の方が、親しみを持つものです」
「なるほど、それで笹川さんは地下アイドルを」
「...何か言いました?」
「いえ、何も!てか、いくら上司様とはいえ、セクハラは断固拒否ですよ!!」
触れる、というワードに過剰反応したわたしは、大袈裟に胸をガードし、笹川から距離を離した。
すると彼は困った表情を浮かべて「そういう意味で言った訳じゃなくて...」と弁明し、身の潔白のためか両手を上げる。
安心してください。女という生き物は本能でその男に下心があるかないか分かるものなのです。
そして私の本能上、笹川さんにそんなものは無い!
さらに大変失礼ですが、そんな度胸も無い!
...すいません調子乗りましたどうか神様私をまだクビにしないでください。
店員さんが「待ち合わせのお客様が到着されました」と報告に来たのは、私たちが店に来てから10分後の事だった。
一気に緊張感が高まる私たち。
姿勢を正し、身だしなみを整え、ついでにお尻の穴もキュッと引き締める。
すると白い無地のシャツに、少しゆったりめのジーンズといったラフな服装の小柄な男が、ペコペコと頭を下げながら小走りで私のたちのテーブルに近づいてきた。
財布とスマホだろうか。右ポケットの膨らみが、遠目で見ても分かる。気になる。
そこにワンアクセント、オシャレなブランドもののウエストポーチとか組み合わせれば、まあまあ見える格好になるのに。
「すいません。遅れてしまって」
彼の声を聴いた瞬間。
彼の顔を間近で見た瞬間。
私の中で雷に打たれたような衝撃が走った。
蘇る、遠い日の年月。
脳裏に浮かぶ、若き青春の日々。
人に羨まれるほどに充実した毎日を送っていた私の中に残る、唯一の後悔。
いいや、そんなことは今はどうでもいい。
目の前にいる人物も、どうやら私に気づいたらしく、彼もまた目を丸くして私と同じように困惑気味に狼狽していた。
「松井くん...だよね?」
そう口にしてしまってから、しまったと思った。まだ本人かどうか確定しているわけでもないのにタメ口で話しかけてしまった。
いいや、本人だったとしても馴れ馴れし過ぎるか。
だってこれまで彼とは一度も話したことはなく、私がただ一方的に意識していただけなのだから。
それにもはや、相手は年収数億の超売れっ子作家。
ダメOLの私なんかが口をきいていい相手じゃないのに。
「相川...さん?」
南雲先生...いいや、私の高校時代のかつての同級生、松井大和は動揺気味に口を開いた。
「どうして、ここに...?」
どういう因果だろう。
もう二度と会うことは出来ないと思っていた「彼」と、このような形で再会を果たすなんて。
「ごはんを、たべに....」
そんなクソみたいな返しをしてしまうほど、私は周りも自分も見えなくなるほどにひどく混乱していた。
だって。
松井くんは、私が唯一叶わなかった恋の相手だったから。




