拝啓・相川薫様
良い文章は冒頭の部分でその内容の全てを物語ると最近読んだ本に書いてあったので、長々とウジウジした文字を羅列することなく、結論から申し上げます。
これは、ラブレターです。
学園のマドンナで、高嶺の花である貴女に宛てた、名も無き陰キャによるラブレター。
漫画や小説では、私のような立ち位置の主人公が色々と頑張って、貴女と結ばれるストーリーが展開されるのでしょうが、残念なことにこの文章を書いているのは高校3年の1月。
つまり卒業まで、残り2ヶ月。
この三年間、雲の上の存在の貴女とただの一度も言葉を交わしたことすらない僕にとって、もはやタイムリミットはとっくに過ぎてしまいました。
ハッピーエンドとかバッドエンドとかそれ以前に、始まってすらいなかったストーリー。
今となっては、もう少し勇気を振り絞れば良かったと後悔してもしきれない想いです。
なのでせめて、渡す予定も勇気もなく、単なる自己満足でしかないこのラブレターを書くことくらいは許して頂きたいのです。
さて、簡潔にまとめるつもりが、冒頭だけでもこれだけの文字数を使ってしまいました。
本当に、自分の女々しさにうんざりします。
今のところ、きっと薫さんは何を読まされてるんだとお思いでしょうから、簡潔に僕の自己紹介をしたいと思います。
僕の名前は、⚫⚫⚫⚫(黒く塗りつぶされている)。
きっと、住む世界の違う貴女は同級生とはいえ僕の名前を聞いたこともないでしょう。
物語を創作するのが好きで、日々ネットに小説を投稿していること以外はこれといった特徴のない、いわばモブ。
誰に追われている訳でもないのに、いつも教室の端っこで身を隠すようにして学生生活を送っている僕にとって、学年どころか学校全体を見ても中心人物として輝いてる貴女は、眩しすぎる太陽のような存在です。
顔、スタイル、服装。
外見の全てが、テレビの中の女優やモデルに見劣りしない超美少女。
劇的なきっかけがある訳でもなく、欲に駆られた量産型の一般男子生徒の如く、ごく自然に僕は君に恋をした。
とはいえ、あまりに身分不相応なこの恋は、叶うどころか始めることすらもなく、3年間僕の心の中で、宙をあてもなく彷徨うシャボン玉のようにフワフワ浮いて、割れた。
せめて、一度くらいは君と言葉を交わしたかった。
なんて、今思っても遅いんだけれども。
いずれにせよ、僕にそれを実行するだけの勇気と強さは持ち合わせておらず、せいぜい君を目の前にした途端に顔を真っ赤にしてフガフガと鼻息を立てて逃げ出してしまうのがオチだろう。
こんな自分が。
こんなふうに思ってしまう自分が。
自らを卑下して一番大事なものから目を逸らして逃げ出してしまう自分が。
僕は嫌いだ。
卒業まで、残り2ヶ月。
ここで変わらなきゃ、きっと一生このまま。
このやり方自体が陰湿で、根本的な部分は何も変わっていないのかもしれないけど、僕はそれでもこのラブレターを書き上げることに意味があると信じて、こうして心の底から湧き上がる言葉を紡いでいる。
ダメな自分を変えるきっかけになると信じて。
相川薫さん。
僕は、あなたのことが好きです。
3年間ずっと、この一言を伝えるために、僕は何度、小さくて幼い拳を握りしめたか分かりません。
そして、そんな貴女にだからこそ、もう一つ聞いて欲しいことがある。
僕の夢は、小説家になることです。
昔から内気で友達の少なかった僕を、何とか18になるまで繋ぎ止めてくれたのは他でもなく物語です。
だからこそ、僕はそんな物語に恩返しがしたい。
自分の書いた物語が、僕みたいな臆病な誰かの一歩を踏み出す力になってくれれば。なんて、思ったりしちゃってます。
...こんな文章を恥ずかしげもなく書けるなんて、どうかしてますよね。
でも、こうしてラブレターを書いていたらなんだかスッキリしました。
明日から、いえ、今から、夢に向かって自分を変えるための努力をしていこうと思います。
こう思えたのも全部、貴女を好きになったおかげです。
いつか、貴女に面と向かってお礼を伝えられるだけの強さを持てればいいな。
いや、例え持てなかったとしても、必ずお礼は伝えにいきます。
その時には、きっと貴女は素敵な人に巡り合っていてキラキラした毎日を送っているんでしょうね。
そんな貴女を遠くで見つめることが、僕の人生における最大の喜びなのかもしれません。
最後になりますが、もう一度この言葉でラブレターを締めさせて下さい。
相川薫さん。
あなたのことが、好きです。
いいや、違うな。
ずっと、好きでした。