5
「ゴホッ、君は……!」
アバンは私の言葉のリバーブローを食らって咳き込んだ。
「破棄確定の婚約ですよね?」
「結婚を前提とした婚約のつもりだが」
畳み掛けるような質問に、アバンは『結婚を前提とした婚約』という謎の言葉を吐いた。
破棄するための婚約ではない事に私は衝撃を受けた。
「それでは、白い結婚の後に離婚予定でしょうか?」
「そ、そんなに僕との結婚が嫌なの?」
トドメのアッパーにアバンは顔色を無くしていた。
自分との結婚を私が喜ぶと思っていたのかもしれない。
確かに、彼はとても外見はいい。性格も悪くないし、話をしていても誠実さを感じるし、好感は持てた。
だけど、問題が山積みなのだ。
隠してはいないけれど、アバンとメロディは付き合っている。彼女を納得させて別れるなんて難しい事だと私は思うのだ。
それに、二人は同じ屋敷に住んでいる。
私たちが結婚したとしてメロディはどうするつもりなのだろうか。
もしかして、囲うつもりなのだろうか。
そんなことしたら頭の毛が二度と生えなくなるくらい頭をぶん殴ってやるつもりだが。
「……うまくいかないことが確定している結婚を誰がしたがりますか?」
「君のことを大切にする。僕のことを愛してくれなくても誠実な夫でいるつもりだ」
言外にメロディの事を含ませるけれど、アバンはそれには答えない。
まるで、彼女の事など目に入っていないかのように。
「それ、メロディさんに面と向かって言えますか?」
「メロディとは何もない。確かに距離は近かったと思うが、妹としてしか見ていない」
メロディとのことは終わったかのように言い出すアバンに私は唖然とする。
恋心すら無くなったかのような口調に、明日は我が身のように思えてきたのだ。
何かきっかけがあれば切り捨てられる。
「彼女と結婚するつもりだったのでしょう?」
「両親が、いや、母がそのつもりだった」
自分の意志ではなかったと言い訳めいた台詞に私は苛立ちを覚えた。
「やはりそうだったのではないですか!」
「ブルーノ家は今のところ没落することはないだろう。しかし、どうなるかわからない。メロディには侯爵夫人は務まらない」
アバンの考えにスッと冷静さを取り戻した。
貴族のアバンは目先のことよりも、もっと先のことを考えた。
確かに彼は誠実だ。家のために恋人を切り捨てようとしている。
しかし、その選択をいつか後悔するかもしれない。
「なるほど、貴族としての立場を考えての結婚ということですね」
「それだけではないが、君に話しても理解はしてくれないだろう」
「……」
含みのある言い方に私は思わずアバンを睨みつけた。
自分の気持ちを無視して受け入れる覚悟を彼はしている。
うまくいかないとわかりきっている。
アバンもしているのだから、私も同じようにそれを受け入れるしかないだろう。
ほとぼりが覚めたら家に帰ればいいだけだ。
「あと、知っていると思うが、僕とメロディは一緒の屋敷に住んでいる。だけど、彼女には寮に入ってもらった」
どうやら、アバンは最低限の身辺整理はしてくれたようだ。
彼の誠実さは信じる事にしようと私は思った。