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アバンは予定時刻きっかりにやってきた。
私は、熟女……、もとい。淑女の笑みを浮かべて彼を応接室で待っていた。
「はじめまして」
にっこりと笑い挨拶をすると、アバンは気まずそうに頬を掻いた。
「いや、『はじめまして』ではないんだがな」
学園内で顔を見ることはあっても、お互いに自己紹介などした記憶はない。
そもそも彼とは学年が違うので滅多に顔を見ることはなかった。
メロディとは学年が同じだけれど、彼女と話した記憶もほとんどない。
記憶を掘り起こすけれど、やはり、学園では彼と話したことなど一度もなかった気がする。
お茶会や夜会でも同じだ。なぜなら、彼はいつもメロディと一緒にいて他人には興味がなさそうだったから。
必然的にみんなが距離をとっていた気がする。もちろん私も。
二人に憧れていた。だからこそ、この話に少し腹が立っていた。
二人の愛は本物だと思っていたから、少しだけ裏切られたような気分なのだ。
「あら、そうでしたか?お話ししたのははじめてだと思うのですが、それに、学園では貴方はいつもメロディ様の事しか見ていないので他の女子生徒の事など認知していないと思ってました」
するりと思ったことを口にすると、アバンは引き攣った顔で私を見た。
先制攻撃としてはいいものを彼に与えることが出来た気がする。舐められたらたまったもんじゃない。
今後もこの男とは付き合いが続くのだ。おっかない女だと思わせておいた方が結婚後の生活もこちらが優位になれる気がする。
メロディを優先させるのは勝手だが、私の事を軽く扱われるのは腹立たしい。
「君は僕のことを何だと思っているんだ」
「私にはそう見えましたけど」
私はアバンを鼻で笑った。
「……そう思われる行動を取り続けた自分に非があるな、今後は気をつける。君には誠実でありたいから」
アバンの素直な反応に私は思わず椅子から滑り落ちそうになった。
そういえばアバンは高位貴族だからといって傲慢な性格ではなかった気がする。
ただ、メロディの事しか見ていないから忘れてしまっていたけれど。
「その、リイスさんと呼んでも?」
言いにくそうに確認を取る姿に勝手にすればいいのに。と、私は思った。
「ええ、どうぞ。断る事などできない立場ですから」
「……僕のことはアバンと呼んでもらえれば」
「承知しました」
私の嫌味ったらしい言葉にアバンは挫ける様子もなく、名前で呼ぶように言うので私は取り繕うのをやめた。
猫を被ったところでなんの意味もないし。
アバンに嫌われてもいいと思っている。
「ところで、なぜ、こんな気の狂ったような縁談話を持ち出してきたんですか?」