アバン1
船の事故の話を執事から聞かされた時、僕は膝から崩れ落ちた。
母もメロディも同じように言葉を失っていた。
「アバン……」
メロディが僕の肩に手を乗せた。
乗組員や父のために僕が動かなくてはならない。どれだけ大変なのか想像すらできないけれど、プライドを捨ててしなくてはならないことだ。
「メロディ、しばらくは」
大変だが耐えて欲しい。そう言おうと思ったが、それはメロディの言葉で遮られた。
「アバンがあの船に乗ってなくて良かったわ」
メロディは綺麗な花を見て笑うような無邪気さでそう言った。
「え?」
「もし乗っていたら貴方は今頃……、考えるだけで頭がおかしくなりそう」
その微笑みは崩れていき、両目には涙が滲み出ていた。
僕は目の前にいるメロディが、何を考えているのかわからなかった。
「ねえ、アバン、何もかもなくしたとしても私は構わないわ。私達の愛は変わらないから」
メロディは盲目的なほどに愛を信じていると言い出す。
それに僕は違和感を覚える。いや、その違和感は前からずっとあった。
「メロディ、僕にはしないといけないことが」
「いいのよ。そんな事しなくても、大丈夫。私たちには真実の愛があるから」
メロディは諦めるよりもそんな事をしなくてもいい。と言い出す。
真実の愛があれば他は何もいらない。と。
僕とメロディだけならそれでいいかもしれない。しかし、僕にはブルーノ家の後継者としての責任があるのだ。
それからは、目を背けることはできない。
誰かを犠牲にしてまで手に入れたものを僕は幸せだとは思わない。
「何もかも失くしても私は貴方のことを愛しているわ。ねえ、そうだ!最後の想い出に夜会に行きましょうよ。ねえ、いいでしょう?もう二度とドレスなんて着られなくなるんだから」
僕にはメロディが何なのかよくわからなくなっていた。
無邪気な性格は自分の欲求に忠実なだけなのではないのかと、僕には思えてきたのだ。
この状況で夜会に行くなんて常識的なありえないことだ。
「君は何を言っているんだ!」
「アバン、何を怒っているの?」
僕の叱責にメロディは不思議そうに首を傾けた。
「乗組員の家族の生活の保障と、保険会社に積荷の補償をかけあわないといけない」
僕のしないといけない事を説明すると、彼女は途端に不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「そんな事しなくていい。って言ってるのよ!そんな事したら貴方の身体が壊れてしまうわ。そんな事よりも、気分転換に夜会に行きましょうよ」
メロディはいい事を思いついたと言わんばかりだ。
彼女はこんなにも話が通じない人間だっただろうか。
いや、思い当たることは幾つかあった。
彼女の可愛いワガママも自分に余裕があったからこそ「可愛い」と思えたのだ。
「こんな時にそんな事できない」
「なぜ?」
「行けるわけがないだろう!?行方不明者がいるのに素知らぬ顔で夜会になど行けるわけがない」
「そんなの関係ないわ」
「アバンやめなさい」
メロディに聞けないワガママだと言い聞かせようとするが、それは母によって止められた。
「母さん」
「お母さま、アバンが酷いんです」
メロディは、自分の要求が通らない事をさも僕が悪の者のように母に訴える。
「アバン、全てを失っても愛してくれるってメロディは言っているのよ?それがどれほど凄い事なのかわかっているの?」
母は当然のようにメロディの味方になった。
「メロディを夜会に連れて行きなさい」
それは、絶対的な命令そのものだった。
僕にはなぜかそれに歯向かう事ができそうになかった。
考えてみれば、僕が盲目的にメロディとの真実の愛を信じていたのは長年母が言い続けていたからだったような気がする。
信じていた物が足元から崩れ落ちていく。そんな感覚がした。
そして、夜会の日、僕はメロディを連れて行ったけれど楽しむような気分にはとてもならなかった。
だから、先に帰ろうと思い近道の中庭を歩いていた。
「……」
そこに謎の奇声が聞こえた。
奇声は少しずつ僕に近づいてきて、逃げる間もなく声の持ち主と対面をした。
「うぇ~い!うぃ~!」
その声の持ち主はリイスだった。
「あ、何?先客がいたの?ん?なんか凄い顔してるけど」
リイスの顔は真っ赤で明らかに酒を飲んでいたのがわかった。
「いや、別に」
酔っ払いに絡まれるのは嫌だったので逃げようとすると、リイスは信じられない力で僕の腕を掴んだ。
「ストレスとクソは溜め込むもんじゃないわよ。金もね!私に漏らしチャイナ!」
酒はかなり回っているようで、何を言ったところで彼女は覚えていない気がした。
気が緩んだ。その一言が全てだった。
気がつけば僕は彼女に全てを話していた。




