10
次の日、王立学園に行くとまず最初に私がしたのはオウデンとルチェにこっそりと声をかける事だった。
「おはよう。ルチェ、オウデン、ちょっと話したい事があるんだけど帰りに私の屋敷に寄って行かない?」
「いいよ。もちろん」
私の誘いにオウデンは楽しそうに返事をして、ルチェは、何かを察したような表情をした。
「ここでは言えない内容なのね?」
「まあ、そうね」
私の歯切れの悪い返事に、ルチェは探るような視線を向けるが顔を背けて逃げた。
「わかった。どんな話でも受け止めるよ」
ルチェは、何を言われるのかわかっていないけれど、とんでもないことを言い出すと思っているようだ。
それでも受け止める。と、言ってくれて男運はなくても友達運はあるなと私は思った。
涙が出てきそう……。
「リイス嬢……」
そこに、今一番聞きたくない声で私の名前を呼ばれた。
声の持ち主はメロディだ。
アバンは何をしているのだろう。メロディを私に近付けされるなんて、修羅場をご所望なのだろうか?
わざわざ、彼女が私に声をかけてくるという事は、全てを知っているからなのだろう。
「メロディ嬢どうしました?」
苛立ちを感じながらもそれを抑えて、私はメロディに笑顔を向けた。
メロディはチリチリの陰も……、いや、柔らかな髪の毛を揺らめかせルビー色の瞳には大きな涙を浮かべている。
「お願いです!私にアバンを返してください!」
やはり、メロディは私とアバンの婚約を知っているようだ。
私に掛け合ってそれを無しにしようと、考えているのかもしれない。
無理だって。
「私、知っているんです。アバンと貴女が婚約していることを」
「え、そうなの!?」
それに反応したのはルチェだった。
「ま、まあ、そうね」
私が適当に相槌をうつとルチェは「後から話は聞くから、とりあえずどうにかして」と小声で言ってきた。
今の状況を面白がるよりも心配してくれる彼女はやっぱりいい友達なのだと思う。
「アバンを返してください。お願いです!何でもしますから。私たちは愛し合っているんです。返して!」
メロディの必死の懇願に私は頭を掻きむしりたくなった。
別世界の人間に見えてきた。
きっとこんな感じでアバンとはまともに会話が成立していなかったような気がする。
メロディはさも当然のように悲壮感を漂わせて物を言うけれど、私が何を言っても耳に入らないような目をしていた。
何を言っても思い通りになると信じて疑わないような表情すらしている。
実際に今までそうだったのだろう。
「メロディ嬢、奪うも何も私たちは政略結婚です。そこに何の感情もありません。少し頭を冷やしてみてはいかがですか?」
「何の感情もない?」
メロディは私の冷静になれ。という言葉よりも「何の感情もない」という単語に反応した。
「恋愛感情はありません」
「だったら、返してください!」
キッパリと否定するとメロディはまるで自分の物かのようにアバンを返せと言い出す。
話が通じない。信じられない。頭が痛くなってきた。
どれだけ言ってきかせようとしても、納得することをメロディは拒否しているように見える。
アバンはこんなのとずっと話をしていたか、それを思うとなんだか気の毒に思えた。
話の通じない宇宙人はテレパシーでしか交信ができない。人語を話すアバンにメロディを納得させるのはハードルが高そうな気がする。
殴れば一発だが、さすがにそれをしたら問題だ。
「アバン様は物ではありません」
「お互いに恋愛感情がないのなら別によろしいではないですか。私は彼の母から公認されているんですよ」
そんな無茶苦茶な。
アバンの母には婚約の決定権なんてないはずだ。
もしあるのなら、メロディとアバンはあのまま結婚できたはずだ。
「いい加減にしてください」
「わかりました。それなら、白い結婚をして2年後に私に返してください。それで我慢しますから」
スッと血の気が引いていくような気がした。
自分でそう考えるよりも、他人からそれを強要される事がこんなにも不愉快だとは思いもしなかった。
こいつがムカつくから何がなんでも結婚して、絶対に別れないで地の果てまでアバンに付きまとってやろうか……。
そんな事を私は考えてしまう。
アバンの心が離れた理由がなんとなく私にもわかった気がする。
恋愛フィルターがなくなると可愛いと思っていた所が、吐き気をもよおすほど嫌な面に見えてしまうのはよく聞く。
アバンはまともな神経をしていたのだろう。
「ねえ、いいでしょう?」
まるで譲歩しているかのような笑みに私は「いい加減にしろよ。この野郎」と怒鳴りつけたくなっていた。
しかし、それは寸前で止められた。
「メロディ嬢!」
アバンが血相を変えてメロディの名前を呼びこちらに向かい走ってきたからだ。
「アバン様」
アバンがやってきたことに安堵するよりも、このめんどくせぇやり取りをさっさと終わらせてほしい。と私は思っていた。




