思案と落としどころと 第九十七話
「まさか、この俺にあいつ等の仇討をとめろと?」
「……できれば」
「なんでココがんなこと……ってあぁ、そういうことか。なるほど~」
腕が動かせれば顔を押さえてそうな態度で、私の言葉に何かを察したらしい椿さん。
「はぁぁ、だから友達は選べっていったろ」
「ごめんなさい。実は月食の日からエリさんとは友達になるつもりで……」
「忠告は遅かったわけ、か。――正直な? お前はいい奴だし、友人として願いを叶えてやりてぇとも思うが」
「椿さん……!」
「ーーけどなッ!」
「あッ!?」
体を動かせないはずの椿さんが、強引に腰をひねり私の襟首を掴む。手足の拘束は外れ無理な姿勢を取ったせいで今にもベットの上から落ちそうになっている。しかしそれを直すどころか指摘することすら、今の私にはできない。
友人だと認識していた相手からの、初めて向けられた怒り。
「ぐっっ!? ツぅ。お前にとってッ、俺はッ、なんだ!!」
「っっ!! と、友達ッですッッ!!」
「あぁ、俺はてめぇの友だ! だが今のココは、その友を蔑ろにして後から増えた薄いつながりのために行動している!! はっきり言ってムカつくんだよお前ッ!!」
「ッッ!」
「友達のため友達のためと銘打っておきながら、やってることは体のいい道具作りか!! 俺のことは使えるときに使って、新しい奴が増えればそいつのために切り捨てる!! 他の奴らはそれでもお前のために力を貸してやってんだろうがなぁ!! 友達はッ! 道具じゃねぇんだぞ!! 」
「ッッッッ!!!!」
――何も、言い返せなかった。
私は椿さんのその言葉に、何も言い返すことができなかった。それは決して友達を道具扱いしていたという意味ではない。道具扱いしていると思われても仕方ない行動を、私は何度も取っていたという意味だ。
大きく分けて三つ。
一つは、エリのためにキリエを友人から外したこと。
一つは、自分が助かりたいがために、心優しいみんなを危険にさらしたこと
一つは、職場の友人を無くした椿さんの気持ちを考えなかったこと
「本当に友達のことを考えてるやつは、その友人を無くした今の俺に、復讐をやめろなんて死んでも言えねぇはずだ! それをテメェは言った! この俺の逆鱗に触れたんだ!!」
「!!」
「今日ここにお前ひとりで来たのだって、他の奴らには適当にごまかしてんだろ。お前は友達を守るためだなんだと思ってるようだが、それはただの自己満足。お前は、友達という存在を信頼してねぇんだ」
「そんな……ことはッ」
「違うか? いいや違わねぇ。もし俺の言った言葉が気に入らないんだったらわかりやすく言い換えてやる。お前は友達という存在を、何もできねぇ子供みたいなもんだと思ってんのさ。滑稽だな? 自分はそんな奴らに助けてもらってるくせに、そいつらには自分がいなきゃ駄目だとか思っていやがる。子供のことなんも見てねぇ糞親かお前は。今時ガキですらもっとマシな考えすんぞ」
「ッ……!!」
襟を掴む椿さんの腕を、私は無意識のうちに強く握ってしまう。
悔しい、言い返したい、だが言葉が何処からも湧いてこなかった。なぜなら、彼女が言った言葉はすべて私の本質をついているから。
どんなに綺麗ごとを並べたとしても、それは醜い自分を隠すための嘘にしかならないのだ。
「――こい」
「えっ?」
「俺とこい!!」
突如として、椿さんの体から勢いよく煙が噴き出す。彼女の能力、狼煙が発動したのだ。
彼女は私の襟を掴んだまま全身を狼煙に変化させ、負傷個所を固定する器具をすべてすり抜け私もろとも窓から病院を飛び出し、目の前の広い空間に着地する。
「イッッ!?」
「武器は持ってきてんだろ。工業区に武器も持たずくるような能天気な野郎だとは、さすがの俺も思ってねぇよ」
「な、なにを」
「俺と戦え、ココ」
「ッ!?」
――彼女は立つこともままならない状態で、私に戦えと言った
「ど、どうして。無茶ですよ! そんなからだ――」
「それ以上話せば、俺は本気でてめぇを叩き潰すぞ」
「ッ!! な、なぜ私と椿さんが戦わなければならないんですか」
「そんなもの決まってんだろ。お前の糞な部分を叩き直すためのだ」
体を半分狼煙上に変化させ、通常時よりも体にかかる負担を軽減する。
顔の半分が狼の顔となり、覗く白煙の牙が煙だというのに刃物のように鋭く感じられる。彼女は本気で、私と戦おうとしている。私は襲われないなどと甘えた考えをしていたら、瞬く間にあの牙に粉々にされてしまうだろう。
「俺が勝てば、人生の汚点を残さないために今ここで始末させてもらう。だがもし、万が一にでもお前が勝てば、その時は復讐をあきらめて仲直りでも案内でもしてやる」
「なッ!!」
「今まで散々友達を都合のいいように利用してきたんだ。たまには友達の都合のいいように行動してみろよ!!」
「ッッ!!!!」
私はその言葉に、彼女の覚悟を感じ取った。
私よりも長い年月を共にした相手の仇討を止める覚悟。今を生きる私を絶対に仕留めてやるという覚悟を。
――気づけば私は、その手に短剣を握りしめていた。鞘など取り付けない本気の証。
「そうだ、それでいい。手加減なんて考えんじゃねぇぞ!!」
「ッ!! うおおおおおおおおあ!!」
速攻は、私から仕掛けた。
短刀が届く近距離まで一気に近づき、当たらなくとも皮一枚そぎ落とせるだろうという勢いと間合いで振り抜く。しかし、刃は彼女の体にはかすりもしなかった。煙によって透過されたのではない、ただ軽く動いただけで。
「嘘ッ」
「遅いッ!!」
「ゴゥッッ!!??」
顔に容赦のない一撃。力を込めていなければそれだけで気絶していただろう。顔が歪もうがどうなろうが気にしない、相手を殺傷せしめるほどの一撃。
体が吹き飛び、地面にたたきつけられる。
「グッ……ゲホッ、ゲホッ!!」
「オラオラどうしたアァ!? てめぇの意思はそんなもんかよ!」
「ッ! まだまだああああああ!!!!!!」
私は、何度も何度も椿さんに立ち向かった。何度も何度も殴られながら、何度も何度も蹴られながら。何度も何度も噛みつかれながら、何度土の味を味わおうと立ち上がり向かい続けた。
何回顔を殴られただろうか、何回お腹を潰されただろうか、何回体を串刺しにされただろうか。出血した場所などもう数え切れず、骨に至っては無事な方が少ないだろう。顔も腫れた。
ドサッ!!
「はぁ、はぁ、はぁ」
意識は、ある。体も、動く。闘志も、残っている。だったら私がやるべきは一つ。再び立ち上がり、また向かっていくことだけだ。
「どうした、はぁ、もう動けねぇのか」
「――私、本当はわかってたんです。自分がどんなに屑な人間なのか」
いつ死んでもおかしくない攻撃をたくさん受けてきた。今なら少しくらい、私の懺悔に付き合ってもらえないだろうか。
殴られた衝撃で朦朧とする意識の中、私は血みどろの口を必死に動かす。
「友達に命を懸ける覚悟を求めながら、私はそんな彼女たちの思い一つ受け入れてあげられなかったッ! 怖いから! 私の醜さを見せてしまったら、離れて行ってしまうんじゃないかって思ったから!!」
「はぁ、はぁ……」
「本当はずっと、誰かに使われるだけの人間でいたかった!! 私が助けられるんじゃなくて、私が助ける側で在りたかったんだッ」
私が友達のために命を懸けるのは、皆のような綺麗な理由ではない。万が一私が何か失敗をしてしまった時、命を懸けたという免罪符を得ることで言い訳をしたかったから。
責任を取りたくない、でも友達に何かをしてあげたい。その結果導き出した答えが、誰かにとって価値のある私の命を盾にして行動を起こすことによる責任から逃れるという方法だったのだ。
「椿さんッ!! 私はッ、屑なんだよ!! 本来みんなと関わっちゃいけない、最低の屑野郎なんだッ!!」
「ッ! このッ! 大馬鹿野郎!!!!」
彼女の半身である狼煙の口が向かっていく私の体をがっちりと咥え、瞬間的に体積を減らし私の体を椿さん本体の元へ引き寄せる。全身の傷と疲労で、抵抗する力はない。
「てめぇがムカつく理由はそれかッ! どうして自分自身を否定しやがる!! 誰かを助ける側でいたかっただと? その耳かっぽじってよく聞け! てめぇが自分で価値をゼロにしてしまえばなぁ!! 他の奴らがてめぇを、ゼロ以上の価値で買うわけねぇだろうがッ!!」
「ッッッ!!!!」
瞬間、私の顔を襲う過去最高威力の椿さんの拳。頭蓋のほぼすべてが粉砕されたような強い痛みとともに、私はその場で崩れ落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
「『おい貴様!! おとなしく掃き溜めに入ってろといっただろうが! ここで何をしている!!』」
――横たわったまま、私は聞いたことのない男の声を聞いた。
「……んだよ、もう抑えに来たのかよ。イテテ……」
「片手片足複雑骨折に加えて首の負傷。一体どうやってここまで来たというのだね」
――きっと、椿さんはこの声の相手に肩を貸してもらったのだろう。そういえばいつもお世話になっている先生、あの人にもお礼を言えてなかったな。
「まったく――ん? 誰だねこの少女。こんな幼い少女は名簿には載ってなかったはずだが」
「放っといてやれ。そいつは表のちゃんとした病院に通える奴だ。お前みたいなヤブ医者に頼む必要はねぇ」
「なっ! 誰がヤブ医者か!!」
「ココ、そこからは自分の足で歩け。辛く厳しい道のりだろうが、お前のやろうとしていることはそれ以上の茨の道だ」
―― ……。
「もしもそこから立ち上がれたなら、傷を治してもう一度俺のところに来い。その時は勝負はお前の勝ちだ。復讐はお前の傷に免じて忘れてやるし、約束通り案内もしてやる。そして、
俺がお前の、本当の意味での最初の友達になってやる」
「なにをわけのわからんことを」
「うるせぇ私たちの間に入ってくんじゃねぇ」
ゥ……ァァァァ……




