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実情と巡り合いと 第九十六話


――――――――

――――――

――――

――

……


 片手でもたやすく開くことのできる扉。片手に甘いものを入れた袋を一つ携え、私ことココはとある目的のためその部屋の中に入った。中には、大量に並べられたベッドとそれに横たわる人々。ここにいる全員が、少なくない傷を抱え動けずにいた。

 重症を負った人間が運び込まれる場所、その奥に私の目的となる人物はいた。


「こんにちは―――― 椿さん」


 椿。私の声に呼ばれた彼女は、首に気を使いつつゆっくりとこちらに視線を移す。


 ――酷い――


 それが、私が彼女の様子を見て真っ先に思い浮かべた言葉だった。

 首は文字通り外部から固定され、顔にはかろうじて目と鼻、口の部分が覆われていない程度の包帯が巻かれ、片腕、片足は天井から支えによって固定されている。

 ここは工業区内にある病院。その中でも裏の人間のみを担当する、いわゆる闇医者が経営する病院なのだ。ここに収容された患者のほとんどが、過去に犯罪を犯し真っ当な場所で医療を受けられないか、すでに治る見込みのない病気や傷をおっている。


「お、ココじゃねぇか」


「……意外と元気ありますね」


「おひさ~」


 見た目にたがわず重症であるはずなのだが、何故か椿さんは平然と私と会話をし動く方の腕で私に手を振る。これもひとえに椿さんの生命力のなせる業だろう、まさか月食の日の私の負傷より重い傷で平然としているとは。それとも単純に負傷慣れしているだけ?


「どうしたんだぁ今日は。てか、よく俺がここにいるってわかったな」


「こちとらずっと椿さんのことを探し回ってたもので。ようやく見つけた時には入院してて、もうびっくりしましたよ」


 店主さんからいただいた紙に病院までの行き方が書かれていた時はまさかと思った。こよみの能力を以てしても傷一つ負わなかったあの椿さんが、まさか怪我で入院してるなんて信じられなくて当然だと思う。

 頭ではわかっていても、それでも嫌な感覚が抜けきらずに実際こうして足を運んでみたら本当に椿さんが入院していた。感覚に任せて正解だった。


「わりぃわりぃ、朝から晩まで戦い通しで一か所に留まるとかしてなくてよぉ。……お! それもしかして俺にか!?」


「まぁ、はい。これお見舞い品のケーキです。傷が治って食べれそうになったら食べてください」


「それ食わせてくれ!」


「え? でも今片手塞がってるじゃないですか」


「だーかーらー、ココが俺にあーんして食わせてくれよー!」


「私がですか!?」


 ニヤァ……と私が断らないのを確信している顔を作る椿さん。元から距離感の近かった彼女だが、こよみの一件以来さらに距離感が近くなった。こう、グイグイと遠慮がなくなったのだ。


「でも、そんな体で食べ物喉通るんですか? おかゆとか飲み込みやすいもののほうが」


「あんなドロドロ食った気がしねぇし、病院飯も味薄いわ量少ないわで結構辛いんだよぉ。食わせてくれよぉー!」


「大の大人が駄々を捏ねないでくださいよ。子供ですか貴女は」


「ばぅあーー!(ケーキーー!)」


「子供になるな子供に!! わかりましたよもう!」


「やったぜ」


 彼女の勢いにまんまと載せられ、私は持ってきたケーキを皿に移し椿さんの乗るベッド側の椅子へと座る。そして、普段より気持ち小さく切ったケーキを彼女の口の中へ送り込む。


「うまぁぁぁぁい!!」


「よかったですねー」


「いやぁ、久しぶりに食感のあるもの口に入れたわ! やっぱ飯は歯で噛みしめてこそだよなー!! あぁ、久しぶりにステーキ食いてぇ」


「甘い物口に含みながら言うことですかそれ。はい、次行きますよ」


 思えば、私が誰かの看病をするのってこれが初めてかもしれない。基本入院してたのは私の方だし、こよみは椿さんもいたから数に入れないし。あ、本当に初めてだ。

 一口大に丁寧に切って口元へ運べば、彼女は毎回幸せそうに食べてくれる。久しぶりに誰かのために奉仕できた時間だった。


「やっぱりよー、モグモグッ 足りない血を作るためには モグモグッ 肉が一番だと モグモグッ 思うわけよ」


「口の中空にしてから喋ってくださいよ。あ、これが最後ですね」


「あーん! んーー♪ ごちそうさまでした。いやーうまかったぁ!」


「満足したなら何よりですよ」


 テトさんお手製のケーキは椿さんにも大好評であった。昨日の会議後のお茶会でもみんな揃って口々にテトさんのケーキを頬張っては絶賛したものだ。

 一人だけケーキを配られず恨めしそうにこちらを見るエリさんに私の分を分けてあげたり、シルクさんとナツメと三人で謎の空間を作り上げたり、私のあずかり知らぬ所でこよみとナツメとの間に協定が結ばれたりと夜になっても退屈しない一日だった。


「ふぁぁ。さてっと、じゃあそろそろココの要件ってのを聞かせてもらうとすっか!」


「――要件?」


「おう。さっき俺のことを探し回ってたって自分で言ってたじゃねぇか」


「あー」


 実は、今日はみんなから許可をもらって特別に一人でここにきていた。そのことでまたひと悶着あったんだけど、実際今日ここに来ることができただけ良しとしよう。

 わざわざ紙の内容をみんなに内緒にしてまでここに来た理由は、まぁ危険だからっていうのもあるんだけど、個人的に椿さんとお話しがしたかったからなのだ。


「おいおい、自分で言ったこと忘れんなよなー」


「むっ。――あーてがすべったー」ペシッ


「いっっっってぇぇぇぇぇ!?」


 思わず手が滑ってしまった―。手が滑ったのだから椿さんの負傷している足に触れても仕方ないなー、これは不慮の事故だからなー


「ココッッ! テメェッッ?!」


「いつぞやの治療のお返しです。あの時はどうも」


「くそっ、それがやりたかっただけかよぉ……!」


「なわけないじゃないですか、これは今思いついたただの仕返しですよ。今日は二つほど椿さんに聞きたいことがあって来ました」


「ぐぉぉ……!」


 彼女のもがき苦しむ姿に少しだけすっきりとした気分になった私は、ささっとケーキ類の後片付けをして椅子に座りなおす。

 椿さんは私のことを憎々し気に睨んでくるが、体を動かせない以上私には何もできないことはわかっている。そのために負傷している右腕側に座ったのだから。


「覚えてろよ……いつかぜってぇやり返してやるッ」


「――で、そろそろお話に入っても大丈夫ですか?」


「クッ……。はやくしろよ」



「革命派って、知ってますよね」


「!? ……誰から聞いた」


「聞いた、というか。立場上嫌でも知ることになったといいますか」


「詳しく話せ、全部をな」


 私彼女に、別れた後に起きたことを洗いざらい全部伝えた。こよみのために貴族区を訪ねたこと、レンとエリさんと出会ったこと、二人が仲たがいしエリさんは私と共に追われる立場になったこと。

 最初はエリさんが貴族区から出ていることを伝えるか悩んだが、私が革命派を探る理由として彼女の存在は欠かせないため、具体的な居場所は控えそれ以外の部分を伝えることにした。

 私の話を聞いた椿さんは、なんとも複雑そうな顔をした。


「なるほどな。お前は国に狙われてて、王女様はそんなお前を逃がすために一緒に国に狙われる立場になったと」


「帰ってくる答えを知ってて聞きますけど、まだエリさんのことを恨んでますか?」


「当り前だ。正確には側付きのメイドも含めてだがな」


「……」


 椿さんの二人に対する恨みは、どうにも根深い。こればかりは問題を起こした二人が悪いんだけど、今はどうしても椿さんの力が必要なんだ。

 どうにか、二人が納得する落としどころを見つけないと。


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