お説教と開封と 第九十五話
「し、失礼しました……」
こ、怖かったよぉぉぉぉ!! テトさんのお説教怖かったよぉぉぉぉ!!
『私、ちゃんと終わった後には報告してくださいとお伝えしましたよね?』
『は、はい。で、でもそのあとすぐに帰ってきたわけですし? その時に報告すれば一緒かなぁ……なんて』
『あれからココさんからの連絡が途絶え、帰ってくるまでの間を私たちが一体どのような気持ちで待っていたかおわかりですか? あれほど貴女には念を押して規則を守るようにとお伝えしたのに。……これは、徹底的に教え込む必要がありそうですね』
『――へ? な、なにその固くて長い棒? ど、何処に私を連れて行こうと!? ちょ、な、ナツメ! エリさん!! 誰か助けてぇぇぇぇぇ!!』
『『ガクガクブルブル』』
私だけ別の個室に連れていかれて、手に持った棒と教材でいかに私が心配されているのかを一時間にわたって叩き込まれた。テトさん、本気で怒ってるときは言葉以上に顔やしぐさで威圧を与えてくるタイプの人だったのだ。これで言葉の飴と鞭の使い方が上手なのだから余計にたち悪いよ。
ちなみにナツメとエリさんは、私が同じ部屋で怒られている間ずっと部屋の片隅で身を寄せ合って震えてたよ。二人がその場にいるだけで震えあがるお説教だと言えば、それをただ一身に受けた私の気持ちがよくわかることでしよう。
ギィィ ギシッ
「! 足音!」
「ただいま~♪」
「今戻ったわ」
「お帰りなさい二人とも」
「ココちゃーーーー!」
「へ!? わぷっ!?」
ちょうどお説教を聞き終え部屋から廊下へと出たタイミングで、二階から三階へ上ってくる足音が二つ私の耳に届く。やはり足音の正体はシルクさんとこよみであった。
私と同じように音を聞きつけたテトさん、話し声に反応したエリさんと彼女の後を付いてくるようにナツメも廊下に顔を出す。
「ココちゃーーーーん!! 無事でよかったよーーーー!」
「貴女が男たちに絡まれたって聞いて不安で仕方なかったわ。どこも怪我していないでしょうね」
「た、多分。一応テトさんにも傷の確認もしてもらったので」
「そう、ならよかったわ」
変わらずスキンシップの激しいシルクさんと一見冷静なようで私の体をペタペタと触りまくりなこよみを連れて私たちは会議室に一同着席する。
捜索中にあったこと、椿さんに関する進展があったかどうかの確認などを場に集まった人たちと共有するためだ。それら報告を受け持つテトさんは全部知っているとは思うが、いちいち幻聴ですべての情報を共有するのも大変なのである。
「さて、皆さまお集まりになりましたね。では、少々予定より早くはありますが報告会を行いたいと思います。ではまず、今回予定を繰り上げることとなった理由についてココさんナツメさんからどうぞ」
「あ、はい! 私達は――」
起きた内容についてはところどころ省略し、襲われるに至った経緯と本来の目的などをすべて話す。ナツメはほぼ私に付いてきただけなので会話はすべて私が行い、工業区で集まった椿さんのものと思われる人物の情報数件と、彼女が行きつけにしているお店の情報を伝える。
みんな反応は様々だが、エリさんを除いた全員はお店の情報よりも工業区の現在の状況が気になっているようだ。
「――以上です」
「あそこ、今はそんな風になってるのね。昔とは別物みたいに変わったわ」
「二人とも怪我なく無事に戻れてよかったわ。テトさんのお説教はごもっともね」
「反省してます……」
「彼女が行きつけにしている店……もしや革命派の人間とつながりが?」
「それはないと思うよ? 店主さんいい人だし、コーヒーも美味しかった」
「レモンパイも美味しかったですよ?」
「今その情報はいりませんわ!!」
声を荒げて否定するエリさん。だけど私は知っている、彼女がどうして強気に食べ物の感想を拒否するのか。私が工業区から戻って最初に見た部屋に、明らかにクリームのようなものが付着した皿が三皿ほど積まれて置いてあったことを。
「えー? 本当に要らないんですかー? エリさんも捜索中なにやら甘いものを嗜んでいたようですけど」
「な、何故それを!? ち、違いますわ! あれは集中を維持するには甘いものがよいとテトさんがお教えくださったので……!」
「ココさんに充てられて、試行錯誤して作ったお菓子を三種類ほどご提供しました。美味しく最後まで食べていただけたようで作り手としては喜ばしいことです」
「テトさんの!」
「手作りケーキ!?」
「エリちゃんだけズルいーー! 私たちはテトちゃんにケーキを求めるーー!!」
「「「わーわーわー!」」」
「心配せずとも皆さんの分もございますよ。後でお持ちしますので先に報告を済ませてしまいましょう」
――――ほう?
「――さて、では報告を聞こうか。シルクくん」
「――はい、ココ様。我々調査隊が農業区付近をお調べしたところ」
「――ふむ」
テトさんお手製のケーキが食べられるとあっては我々も本気を出すしかあるまい。本来司会進行はテトさんの役目だとか私は報告する側だろなどという野暮なツッコミは聞き流す。
変わらずこの空気に乗ってくれるのはシルクさんとナツメだけだけど。
「なんなんですの……この人たち」
「私の分もあったりする?」
「ございますよ。三種の中から好きなものをお選びいただけます」
「流石ね、後でいただくわ」
「あ! 私、最後に食べたケーキを所望いたしますわ! あのほろ苦い風味が甘さをより引き立てて――」
「先ほど沢山お食べになったではありませんか。甘いものの取りすぎは体によくありませんよ」
「そんなッ!?」
エリさんの絶望の声に三人そろってそちらをむけば、机に突っ伏して涙をこぼすエリさんの姿が視界に飛び込んだ。信じられる? あの人つい先日までお城でお嬢様してたんだよ? たった二日でこんなに庶民の暮らしに溶け込む王女様って他の国にはいないと思うんだ。
テトさんが機嫌を取ろうとあたふたしているけど、完全に拗ねたみたいで涙しながらケーキ……ケーキ
……と小声で静かに訴えるだけだ。
「シクシク……シクシク……」
「えー……こほん。では気を取り直して、次にシルク様とこよみさんお願いします」
「「「「(諦めたな)」」」」
「わ、私たちの番ね! えーっと」
ついにはテトさんも落ち着くまで放っておくことにしたらしい。
強引に話を振られたシルクさんが慌てて場を持ちなおそうと、詰まりながら農業区で今日一日だけで調べられた情報を伝え始める。
「椿ちゃんのものと思われる目撃情報が二件あったわ。どちらも時間は二日前の月食の夜にお店を出していたお菓子屋からの情報よ? 手に一杯のお菓子を抱えた椿ちゃんを見たっていう」
「ココなら予想はついてると思うけど、この時は私とココが彼女と会っていた日なの。時間も過ぎているしあまり役には立たないと思うわ」
その目撃者が見た人物は、月食の日に夜食を買いに行った椿さんで間違いない。
でもあれから二日経過してて捜索の手掛かりにするにはちょっと物足りないと思う。もしかしたら、まだ彼女が農業区にいる可能性がほんの僅かに出てきた程度。
「それから足取りは完全に途切れてしまったわ。老若男女いろんな人に声をかけてみたけど、そんな人は知らない見たことないの一点張り。もう少し協力しようって態度を見せなさいよーー! ムキーー!」
「彼女、邪険に扱われたこと根に持ってるのよ」
「それでは、お二人の方も有力な情報は得られなかったと」
「そうなるわね」
本人の能力と掛けているわけではないが、煙のように掴みどころ一つ見せない彼女の捜索は難航しそうだ。みんなの仕事のこともあるしそこまで長い時間を掛けられるわけではないのに――
カサ……
「……?」
私の服の内ポケットから、何やら小さな紙が零れ落ちる。
それは、工業区で店主さんから渡されたおすすめのお店を纏めた紙だった。私は思う、この紙が椿さんへの手掛かりになってくれたらな、と。店主の好意を無下にするわけではないが、こうも手詰まりだとそう思わずにはいられない。
気分転換に、あの店主のおすすめのお店とはどんな場所だろうとちらりと紙を捲る。
――そして、
「ッ!? これって!」
その紙に書かれた内容に、驚愕することとなった。




