協力と成果と 第九十四話
――そのまま、少しの時が流れ
「……申し訳ございません。お教えしたいのは山々なのですが、お客様との信頼に関わることですので」
「そ、そうですよね」
店主から帰ってきたのは否という返事。ただでさえ工業区という治安の悪い場所でこれだけのお店を経営しているということは、それだけ店主さんの人柄や手腕が素晴らしいということ。お客との信頼一つとっても彼にとっては今後を左右する大事なものなのだ。
ここで無理やりに聞き出しても、失うものはもっと大きなものになる。私は、潔く身を引く決意をした。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
「また来ますね」
「……ええ、その時はまた挑戦をお待ちしております。あぁ、それとココさん」
「はい?」
会計を済ませ後は店を後にするだけとなった段階で、店主は私一人を呼び止める。
何事かと急いで側に近寄れば、店主が差し出したのは一枚の小さな紙切れ。
「……工業区にはあまり慣れていらっしゃらないようでしたので、私個人がおすすめするお店を纏めた紙をお渡しします。観光の際にでもご参考ください」
「わざわざこんなものまで。本当にありがとうございます店主さん」
「……道中、お気をつけて」
カランッ コロンッ
彼に貰った紙を服のポケットに収納し、私たちは元来た道を引き返す。そろそろ報告の時間とテトさんの休憩の時間だったはずなのだ。彼女に気兼ねなく休んでもらえるようにはやく安全な場所に向かわないと。
「店主さん、優しい人ですね」
「でしょ? ナツメも気に入ったんじゃない?」
「お店は気に入りました。でも彼個人のことはあまり」
「どうして?」
「ココさんの視線を独り占めにしたからです」
「!! ナツメは本当、私のツボを押さえてるよね~」
行きと同じく帰りもまた他愛もない会話をしながら時にじゃれ合いつつ道なりに進む。
前は乱闘の野次馬などでごった返していた道も今はまばらに数えるほどしか人はおらず、そのまま何もなく表の通りへと出られる
――はずだった。
「~♪ ~~♪♪」
「不思議な音楽ですね、ココさんのオリジナルですか?」
「これ? これはね、私がこの街に初めて来た時、白服の人が演奏していた曲なんだ」
「白服? ひょっとして交易区の詩人のことですか? ココさんあの人の演奏を聴いたことがあるんです?」
「うん! 演奏するところまでばっちり見たよ」
「羨ましい。私何度か立ち寄ってるんですけど、今のところ一度も聴けてないんですよね」
「いいでしょー? ドヤァ」
「おぉおぉ。これはこれは、別嬪の女の子が子連れで歩いてらぁ」
「……あ?」
「子連れ?」
どこかで一度見たような既視感に襲われつつ、私たちの前には頭がつるつるとした高齢の男が立ちはだかる。それに合わせて、手下と思われる複数人の男が周りを取り囲む。
こういう人たちってまるで示し合わせたように同じ行動するよね。そろそろ学習して新しい囲い方とか声の掛け方とかしてほしいものだ。
「私たちに何か御用でも? ないなら先を急ぐんだけど」
「へっ、この状況の意味が分かんねぇぐれぇ世間知らずのお嬢様なのか? てめぇら二人そろって俺らのものになるんだよ。今からな」
「「「へへへ……」」」
これまたどこかで聞いたような言葉。というかキリエの孤児院を狙ってた借金取りの男たちとほぼ同じことを言っている。そろそろ同じ言葉を複数回聞くこっちの身にもなってほしいものだ。
でも、なんだか前よりも小さいという言葉に反応しなくなったような気がする。なんか体が小さいことをそこまで気にしなくなったというか、今の私に自信を持てたのだ。隣にいるナツメをはじめ、大切な友人たちのおかげで。
「――さない」
「……?」
今何か、物凄い恨みの声が聞こえたような――
「許さない。誰が、誰のものになるだって?」
「!? な、ナツメ!?」
ナツメが、女の子がとても人前でしちゃいけないような獰猛な表情をしている。さっき男たちが言っていた自分たちのものにするという発言が彼女の触れてはいけない逆鱗に触れてしまったのだ!!
「なんだ、そっちの娘は耳がイカレてやがんのか? お前ら二人とも俺らが可愛がってやるって言ってんだよ。今度こそ聞こえたかよ」
「ッッッッ!! 貴様ァ!!」
「ナツメ! ちょっと待って」
「どうして止めるんですか! あいつらココさんに向かって!!」
「――あーテトさん、聞こえる?」
「ッ!?」
私がこれからしようとしている事を理解したナツメは、固く口を閉ざした。
例の幻聴を再び使用し、テトさんに今の状況を伝えすぐに図書館へ戻るべきかを尋ねるのだ。
『聞こえております。どうしましたか』
「ちょっと問題というか、複数の怪しい男たちに周りを囲まれまして」
『ッ!? まさか。革命派の人間!?』
「あ、いえ。そういうのじゃなくて普通のチンピラ集団です」
「なにブツブツ言ってんだ? あいつ」
「ッッ」
状況と男たちの武装等わかる範囲で情報をテトさんに伝え、すぐさま撤退した方がいいかどうかの判断を彼女を中継してみんなに求める。結果、満場一致で工業区を離れるべきとの指示を頂いた。
それと、すぐに工業区を離れ図書館まで来るようにとのこと。
『いくら相手が素人だとはいえ油断は禁物ですよ。場を切り抜けることに集中し、安全が確保され次第連絡をお願いします。緊急時には私どもも駆けつけますので』
「わかりました、ではまた後程――ふぅ」
「独り言は済んだかよ? 気持ちわりぃ奴だな」
「あ、ごめん。わざわざ待ってくれてありがとう」
「――ココさん」
隣で、冷静を装いつつも殺気を駄々洩れにしているナツメ。報告前と後で殺意が二割り増しになってるところを見ると、私が話に夢中になっている間にも何か彼女の逆鱗に触れることを言ったのだろう。
もうどうなっても知らないよ?
「ナツメ、皆からの指示を伝えるね。身の安全を第一に図書館まですぐに帰ってこい、だって」
「こいつらは」
「特に何も言ってなかったけど、どうせ話し合いには応じないだろうし。だったらここは工業区の風習に乗っ取って――」
「さっきから何をこそこそしてやがる!! 下手に出てりゃ調子に乗りやがって! やれ! 野郎ども!!」
「「「おおおおおお!!」」」
「――武力行使しかないでしょ!!」
「ッッ!! はい!!」
正直なところ、私もさっきの発言にはピキッと来てるんだ。
誰が誰のものになるだって? ナツメはナツメだけのモノだし、今は私の大切な恋人なんだ。それを隣から奪い去ろうとするこいつらに、どうしようもなく怒りが溢れ出してくるッッ!!
私は腰の短剣を鞘ごと構え、ナツメは案山子の姿を取る。刃は出さず切りもしないが、その代わり打撲や骨折程度は我慢してもらう。
「「はあああああああああ!!」」
初めてのナツメとの共闘。歩く際の立ち位置の通り左半分を私が、右半分をナツメが対処する。
私は言わずもがな、手に持った鞘付きの剣と身軽さを武器に一人一人確実に意識を奪い去っていく。ちらりとナツメの方を伺えば、彼女は藁の中に仕込んだ長刀や釘を器用に使いとどめを刺さない程度に痛めつけている様子。あれは結構うっぷん溜まってた人の戦い方だ……うん。
当然二桁行くか行かないかという少人数のチンピラを相手に後れを取る私たちではなく、瞬殺と言って差し支えない速度で全員を気絶にまで追い込む。その後、彼らの体はそのままにシルクさんたちの待つ図書館への道のりを急ぐ。
なお、この後私は戦闘後の報告を忘れた事でテトさんに静かに追い込まれるようなお説教を喰らうことになるのだが、その時のテトさんは、襲い掛かってきたチンピラ数百人分以上の鬼のような雰囲気を体から放出していた。




