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入店と発見と 第九十三話



 カランッ コロンッ


「……いらっしゃいませ……おや」


「お久しぶりです、店主さん」


「……これはこれは、お久しぶりでございます」


 まだ二回目だというのに、店主さんは私のことを覚えてくれていた。前と変わらず物静かでクールな店主さんとそれに似て和やかな雰囲気をもつ店内。

 ここだけ実は工業区じゃないのではないかと思うほどに立派なお店だ。


「よく私のこと覚えてましたね。まだ来店して二回目ですよ?」


「……このメニューを完食できた方は、今のところお二人だけですので」


 そういって店主さんが少ない動作で壁を指し示すと、そこに貼られたチラシには


" 農業区産極上牛肉五キロを使用した、肉塊ステーキ!! 三十分以内に完食できれば料金無料! "


 と、変わらずあの巨大な肉塊の早食いを提供しているようだった。あぁ、なんかこの文字を見ているとまた食べたくなってきた。今度来た時にチャレンジしよう。私と椿さん以外に大食いに自信ある人いるかな。


「コ、ココさん、これ完食したんですか? この時間で?!」


「したよ~? いやぁお肉の焼き加減が絶妙で凄く美味しかった!」


「……本日も、挑戦していかれますか」


「久しぶりに食べたい気持ちはかなりあるんですけど、今日は別件なので今度にします。あ、カフェオレ二つください」


「……かしこまりました」


 丁寧に磨かれたカップを二つ取り出し、テキパキと素早く商品の準備に取り掛かる。

 いつもクールで早さとは無縁な店主さんかと思えば、一見ゆっくりなように見えて無駄のない動作で着々とカフェオレを準備していく。このお店で早食い以外を注文したのは初めてだけど、店主さんかっこいいな。


「――ココさん?」


「ん-? どうしたのナツメ?」


「先程から店主の方を見ていますが、何か気になることでも?」


「いやぁ、店主さんの仕事姿かっこいいなぁって」


「……!」


 なんかこう、いいよね少し暗い店内でただ一人お店を経営する凄腕マスター。テトさんとか凄く気に入りそうだし、早食いに挑戦するとき連れてこよう。

 豆から抽出された黒の原液に牛乳と砂糖を入れ細長い棒のようなもので混ぜる。特に興味はなくてもプロが作ってるところは自然と目が追っちゃうよね。


 クイッ クイッ


「ん?」


「……」


 じっと店主の仕事姿を眺めていると、服の袖をクイッと控えめに引っ張る感覚。隣に座ったナツメが、私の服を掴んでいた。


「本当にどうしたの? さっきから様子が変だよ?」


「――ココさんは、ああいう人が好みなんですか?」


「……は?」


 ……あっ、いかんいかん本気の困惑声を出してしまった。

 ナツメの言う好みというのは、多分というか絶対異性の好みの話だよね? 仕事姿を見ていたのを見惚れたと勘違いしたのだろうか?


「な、何故に?」


「だって、さっきからあの店主の人ばかり見てます。一応、恋人になった私が隣にいるのに」


「あー……」


 これは……嫉妬?

 こよみの指輪のことやハーレム宣言も受け入れてくれたものだから、てっきりもう嫉妬することはないと思っていたけど。元々依存心の強い性格をしていたし、こよみや他の相手が同性だからある程度抑えられていただけだったのか。

 さっきから私、軽率な行動しすぎじゃない?


「大丈夫、ただ仕事の様子を見てただけだから」


「本当、ですか?」


「本当本当。そもそも私、男の人は範囲外だし」


 かっこいい人は好きだけどね、それを恋人みたいな深い関係と結びつけることはない。だってそういうのは見て楽しむもので、一緒に暮らしたりすることを考えると異性はどうしても体が受け付けない。

 どれもこれも、今まで出会ってきた男たちが一様に酷すぎたせいなんだけど。


「嫉妬した?」


「……少し。ごめんなさい、めんどくさいですよね私」


「ッッ!! もう! 可愛いなぁナツメはーー!! よしよしよし!」


「ッ!?」


 この嫉妬深い甘えん坊な末っ子気質依存娘のナツメを、私は衝動に任せて思いっきり抱きしめ頭をなでる。

 そんな上目遣いと小声で『……少し』なんて言われたら我慢できるわけないだろーー!


「心配しなくてもナツメは私の特別だし、離れたりしないよー」


「ワプッ! こ、ココさっ!」


「身長が低い分、こうして私が頭を撫でるのは新鮮かも。ナツメは足が長いんだね」


「ココさっ! 苦し――」


「……お待たせしました。カフェオレでございます」


「あ、来たよナツメ! 店主さん特製のカフェオ――レ?」


「キュウ~~……」


「ナツメ!?」


 しまった、少しやりすぎた! ナツメが私の腕の中で目を回していらっしゃる。

 と、とりあえず姿勢を楽な状態にして頭をテーブルにおいて、それから――


「……それと、こちらはサービスのレモンパイとなります」


「えっ、いいんですか?」


「……お連れ様をご不快にさせてしまった、そのお詫びだと思ってくだされば」


「店主……!」


 貴方は今この瞬間、私の人生で出会ってきた男という生き物の中でも一番のイケメンになった!! この一連の流れを自然にかませるこの人なら、私じゃなくても引く手数多だろう。もうすでに既婚者だからこその余裕かもしれない。

 まったく、同じ地区の同じ店主で何処で差がついてしまったのやら。どこかの武器屋の既婚店主さんも彼を見習ってほしいものである。


「ん……んん……」


「気分はどう? ごめんね、手加減するの忘れてた」


「ココさん? ……と、このパイは一体?」


「店主さんがサービスだってくれたんだ。さっき貴女のことを不安にさせたお詫びだって」


「私に? そんな、私が勝手に不安になっていただけなのに。今すぐ謝って返金を」


「心配ないよ、謝罪なら先に私が済ませたから。せっかく作ってもらったんだし食べようよ、ね?」


 なおも不安そうなナツメに最後の一押しをかけ、彼女はしぶしぶ目の前のレモンパイに手を出し始めた。三角に切られた生地の先端をほんの少し切り取り、これまた遠慮がちに口に運ぶ。

 その姿がじれったくも可愛らしくて、ついついカフェオレを飲む傍ら切り取りから咀嚼までの様子を見つめてしまう。


「美味しい……これ凄く美味しいですよココさん!」


「おぉ、よかったじゃん。んん~、このカフェオレも絶品だよ」


「はい! この程よい甘さがレモンパイによく合います」


「……お気に召していただけたようで、何よりでございます」


「店主!」


「店主さん、先ほどは失礼をして申し訳ありません。パイ、凄く美味しいです」


「お気になさらず。慣れていますので」


 店の奥に仕込みのため引っ込んでいた店主が、再び私たちの前に現れる。相変わらず感情の読み取れない表情をしている店主さんだが、ナツメの言葉を聞いた時僅かに口角が上がるのを確認した。ほんとに微妙な変化ではあるけど、パイの味に満足したというナツメの言葉がよほどうれしかったのだろう。

 早食いの時も思ったけど、この人料理も上手なんだよね。お願いしたら料理教えてくれるだろうか。


「……それでココ様、先ほどの別件とやらですが。本日の目的はお飲み物だけなのですか?」


「!! あちち、そうだったすっかり忘れてた。今日は店主さんに聞きたいことがあったんだ」


「……私に、聞きたいことですか?」


 いっけない、温かい飲み物とゆったりした雰囲気に流されてそのまま退店するところだった。

 今日は店主に椿さんの居場所について聞くためにここに来たのだ。ただコーヒーを飲んで帰るだけの散歩とは違う。


「そうなんです。店主さん、椿さんの居場所について心当たりありませんか?」


「……椿様の居場所、ですか?」


「私たち、どうしても今すぐ彼女に会いたいんです! 教えていただけませんか?」


「……ふむ」


 顎に手を当て、店主は悩むそぶりを見せる――――

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