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聞き込みと経過観察と 第九十二話




「椿? さぁ、聞かねぇ名だな」


「金髪のちょっと荒い髪に赤服を着た女性なんですけど、チラッと見たとかそんなのありませんか?」


「うーん、そうだなぁ。工業区の女で髪を手入れしてる奴なんざ見た事ねぇからなぁ、赤い服だってそれこそ片手で数えらんねぇくらいだしよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 ここもダメか。一番人目に付きやすい工業区内の飲食通りに足を運んでみたものの、結果はあまり好ましくない。

 椿さんの身体的特徴が、ことごとく工業区の平均的な女性の特徴と一致しているのだ。何件かそれらしき人物を見たという情報こそあるが、こうなってくるとその情報も本物かどうか怪しい。


「どうでした?」


「駄目だね~見てないってさ。あんまり買い物とかしないのかなあの人」


「ここ以外で飲食関係となると、あとは細々としたものが区内に散らばってるだけですし、期待は薄いですかね?」


「うーーーーーーん」


 衣食住の中で手ごろかつ最も身近な食部分で見つからないとなると、ちょーっとまずいかもしれないなぁ。本人の特徴は当てにならず、かといって彼女の家に心当たりもなく。

 もしかしたら、彼女は仕事柄表の方にはあまり近づいてなかったのかもしれない。

 ……行くしかないかなぁこの奥に。


「ナツメ、この先の少し危険な場所に入ってもいい? 椿さんは借金取りだったし、ひょっとすると裏でしか活動してなかったのかもしれない。それに裏道に一件、彼女の居場所を知ってるかもしれない人に心当たりがあるんだ」


「私は大丈夫ですよ。でもそろそろ報告の時間ですし、そのことも含めて一度テトラさんに報告した方が」


「そうだね、そうしよう――あー、もしもし?」


 えーっと、確かこっちからテトさんに幻聴を送るときは、テトさんの姿を浮かべながら話せばいいんだたっけ? 来る前にこれもついでに確認しておけばよかった。


『どうかいたしましたか、ココさん』


「あ、繋がった。やっほーテトさん、無事に繋がってよかったよ。報告と相談があるんだけどまずは報告からね。残念ながら、まだ私たちの方は有力な手掛かりは掴めてないよ。シルクさんの方はどう?」


『少々お待ちください―――― お待たせしました。どうやらお二人の方もあまり進捗は好ましくないようですね。金髪で赤い服の女性は見たことがないと』


「こっちは逆に似たような背格好をしてる人ばっかりで、本人かどうかはわからない状況かな。もう少し特徴があれば絞り込めるんだけどね~」


 そっかー農業区の方も似たような感じかー。

 言われてみれば農業区の人たちって、黒髪や茶髪みたいな地味目な髪色ばっかりだったな。その中に金髪が混ざってたら嫌でも目立つし、逆に見ていないのなら結構信憑性あるかも。

 いいなー。私たちの場合、見つかっても本物かどうか吟味する必要があるからなぁ。


『報告の件は承知しました。それで、相談というのは?』


「その椿さんの件なんだけど、ほら、前に私一人で工業区に行ったって話したでしょ? その時椿さんの行きつけのお店を一か所教えてもらってたんだ。で、問題はそのお店が工業区のちょっと奥の方にあってね? 具体的には治安が悪いところ」


『なるほど、その場所に入る前に確認を取りたかったと。ちなみにナツメさんはなんと?』


「大丈夫だって。私とテトさんの判断に任せている感じかな」


『わかりました。念のためしばらくはこちらの方に集中いたします。何かが起きた際と安全圏に入った際には改めてご報告を』


「了解ですっ! では、行ってまいります!!」


 幻聴はそこで途切れた。凄い、本当に遠くのテトさんと会話できちゃったよ。これで他の人とも会話ができたらもっと便利なんだけど、流石にそれは望みすぎか。


「テトラさんはなんと?」


「危険が迫った時と安全な場所に入ったら報告してください、とだけ。許可もすんなりもらえたよ」


「よかったですね。じゃあ今から奥の方に?」


「そうだね。いこ?」


 規則にのっとり報告を済ませ、私たちは工業区の奥。暴力行為を何とも思わない連中の巣窟へと足を踏み入れた。前回一人で来た時とは違って今回はナツメもいる。最大限の警戒を維持しながら進もう。



「『立てよてめぇ、何休んでんだこの野郎!!』」

「『チッ、人の顔を遠慮なしに殴りやがって。てめぇの顔も平らにしてやらぁ!!』」


「『やれやれーー!! やっちまえーー!!』」

「『そこだ右! 右だよ右!!』」

「『腹を狙え腹を!!』」



「うわぁ……なんですかあれ」


「見ない方がいいよ、関わるだけ無駄だから」


 そこかしこで行われている乱闘に賭け、身動きできず地面に倒れ伏す多種多様な人々。

 初めてこの光景を見るナツメは、吐きこそしないもののこの惨状に引いていた。こういうものだという認識の私と違って、正常だった過去の工業区を知っているナツメだからこそ思うところがあるのだろう。

 けれどこの状況は、私たちには見て見ぬふりをすることしかできない。


「まさか、ここまでひどいなんて」


「初めて来たときからここはこんな感じだったよ。……いや? そういえば前回来た時がより悪くなってたような」


「――すみませんココさん。格好つけた手前凄く情けないのですが、その、手を握ってもいいですか?」


「ん、いいよ」


 迷子になって心細くなった子犬のような目でおずおずと私の手を握るナツメ。こちらから少し強めに握り返せば顔を不安から安心の表情に変える。多分耳と尻尾があればもっと可愛かったろうに、どうして彼女には耳と尻尾がついていないのか。


「ん、えへへ」


「ナツメはきっと末っ子だねぇ」


「末っ子?」


「そう、私の友達がみんな姉妹だったらね。多分ナツメは末っ子だろうなぁって」


「末っ子……すみません、あまり頼りになりませんよね」


「違う違う違う違う!? 今はそんな話じゃなくて、手を握った時のナツメの反応が可愛らしいからだよ! なんかこう、子犬みたいについ甘やかしたくなる可愛さみたいな?!」


「子犬……やっぱり……頼りにならない……」ズーン


「ごめん、これは話を振った私が悪かった」


 頭の中で想像してた全友人姉妹化計画をつい口から漏らしてしまった結果がこれだよ。

 私の妄想の中では 長女シルクさん、次女テトさん、三女キリエ、四女こよみ、五女サクヤさん、六女椿さん、七女レン。で、この後にエリさんとナツメが続くのだ。ナツメもだけどきっとエリさんも仲良くなれば甘やかしたくなるタイプの人だと思う。

 ちなみに私はこの中には入れてません。だって私はそんな姉妹を近くで見つめる近所の友人の立場でいたいから。まぁ強いて入れるなら一番下かな? なんだかんだ一番トラブル起こしてるし、そのたびにみんなが慌てる姿が想像できるもん。

 まぁこの中で私とレンさんは実の姉妹らしいし、彼女曰く他にもたくさんの姉妹がいるとかなんとか。……どうなんだろう、私そんなに多くの姉妹を受け入れられるんだろうか


「――すぐに汚名返上して見せます」


「え? あっ……お、おう!」


「話聞いてました?」


「……ごめん」


 妄想の世界に飛んで行っててナツメの話を聞きそびれてしまった。

 最大限の警戒してないじゃないかって? ……まったくもってその通りです。


「もう」


「あー……あ? あ! 見えてきたよ私の言ってたお店!!」


「露骨に話すり替えてますよね?」


「ナ、ナンノコトカナーワタシニハサッパリ? サ、サァ。ハヤクナカニハイロー!」


「……」ジトー


 ちくしょう手をつないでるせいで疑いの視線を至近距離から食らう羽目に!! ……仕方ない、中で飲み物奢ってあげよう。




……物で釣ろうなんてこれっぽっちも考えてないよ?


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