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作戦開始と経過と 第九十一話



 一晩ぐっすり眠り、体の調子も安定している。今日はいよいよ、椿さんの捜索を開始する日。


『皆さん、準備はよろしいですね?』


「大丈夫です!」


「大丈夫、だと思います!」


「問題な~し♪」


「バッチリよ」


 図書館に待機するテトさんとエリさんはさておき、残りの私たちは身支度に不備がないことを報告する。特に私とナツメは危険地帯を中心に回るのでより準備には力が入る。

 わざわざ幻聴で支度のことを伝えることでついでに能力の確認も同時に済ませるとは、テトさんは相変わらず抜かりない。


「では、これより椿さん捜索を開始いたします。くれぐれも規則を遵守するようお願いいたしますね? 特にココさん」


「だからなんで私だけ名指し!? いや、言わなくてもわかってるからその何言ってるんだこいつ? みたいな眼差しで見つめるのやめてくださいテトさん」


「皆様、どうかご無理はなさらぬよう」


「うん! 危ないと思ったらすぐに戻ってくるわね」


「なにもないとは思うけど、二人も気を付けて」


「了解いたしましたわ」


 最後に互いの健闘を願いつつ、私たちは図書館の目で別れそれぞれの役割を果たすべく行動を開始する。


「ココさん、私たちはどっちから探しましょう?」


「先に工業区を見て回ろう。元々椿さんは工業区に住んでいるみたいだし、もしかしたら一度帰宅しているかも」


「流石ココさんです! もう椿さんの家にも見当が!?」


「いや、場所までは……」


「ええ!?」


 いやまぁ、もし家の場所を知ってたら昨日のうちに話してるよね。

 個人的な見立てでは、おそらく椿さんは私たちの担当するどちらかの地区にいる可能性が高いと踏んでいる。エリさんへの復讐を果たすべく体を鍛えているとしたら、多分工業区のチンピラを相手にするか歓楽区の闘技場を利用するのが一番だと思うから。


「まぁその辺も含めて探そう。工業区は広いし、もしかしたら個人よりも建物を探す方が早いかもよ?」


「な、なるほどです」


「じゃあ工業区に入るまで、世間話でもしよっか」


 私より若干後ろを歩くナツメと他愛もない話をして工業区までの道のりを面白おかしく進む。

 緊張感は大事だけど、わざわざ目的地に入る前から緊張しても仕方ない。つい最近工業区に入って内情を知る身としては、ナツメがなるべく危険にさらされないルートを通るつもりだ。少なくとも、私が初めて入ったチンピラのたまり場、例のゾンビみたいな人間が集まっている路地、サクヤさんと初めて会った広い空間、椿さんの職場付近の四か所は。

 ……あれ、意外と多いな。この辺りは臨機応変に行こう。


「工業区、今はそんなに治安が悪いのですか?」


「そうだね~、もう本当に少し歩くだけでガラの悪い男たちに絡まれるくらいには悪かったよ。工業区の男の人って体格いいし、威圧感も他の地区の人とは比べ物にならないよ」


「街でも一番力仕事の多い地区ですからね、工業区は。でも昔は今とは違って、警備の人も今の倍は多く巡回してましたし、子供だった私が一人で区画を回れるくらいには安全だったんですよ? その頃から危ない場所はありましたけど」


「本当に~? 私治安の悪い工業区しか知らないから、あそこに子供時代のナツメが一人で行ってたなんて信じられないや」


「危険な場所にはよく出入りしていましたけどね、昔から」


「嘘!? ナツメって意外とそういう悪に憧れあったりするタイプ!?」


「いえ、その頃の友人の遣い走りとして」


「あっ……」


 先ほどまで感情を映していたはずのナツメの表情が、一気に感情を無くし影を落とす。

 そうだった、ナツメには思い出したくない記憶があるんだった。意図せず踏んでしまった彼女の触れられたくない過去を逆なでしてしまい、私はどうするべきか必死に頭を回転させる。


「ご、ごごごごめん! 私そんなつもりで言ったんじゃないんだよ!? 決して! ナツメのことを馬鹿にする意図はなくて、あの、だから!!」


「……フフッ、ココさん慌てすぎですよ。ちゃんと意図してないことはわかってますし、むしろ慌ててる分図星だったんじゃって疑いますよ?」


「ご、ごめん――」


 ――その時、再び謝罪の言葉を述べようとした私の両手を、ナツメは温かい自身の手のひらで包み込んだ。そして流れに身を任せるまま、包まれた私の両手は彼女の胸の前に運ばれていく。


「いいんです、ココさんなら」


「ナ、ナツメ?」


「あの頃の私は今よりも世間知らずで、都合よく他人の言葉に流されていただけなんです。だから裏切られて、そのたびに辛い思いを重ねることになった。私、元々気が弱くて。強気な人には逆らえなかったんです」


「……」


「でも、今は違う。私自身が深く考え、私の意思で貴女のために生きることを決めた。裏切り、傷つけた私を受け入れてくれた、貴女のために」


 少し動かせば額が当たりそうなほどに近い距離で、ナツメは一切の瞬きをすることなく私の目を見て会話を続ける。身長差で上から若干見下ろされる姿勢のため少し怖い。

 だが、私は彼女の顔から眼を背けなかった。彼女が私に依存すると知っていてなお、それも含めて受け入れると決めたから。


 ピタッ……


「? ココさん、この指輪は一体?」


「へ? ……あっいや、これはその!?」


 今私の右手薬指には、昨晩こよみに貰った指輪がはまっている。それはこよみの愛の結晶であり、同時にそれを受け入れたことの証明。

 よりにもよってこの状況でバレてしまうとは思ってもおらず、なんと切り出せばいいか言葉に詰まってしまう。


「……こよみさん、ですか?」


「ッ!!」


「やっぱり」


「どうして、わかったんです!?」


「愛の力……嘘です。本当は状況からの推測です。前回集まった時はまだ指輪はしていませんでしたし、その後でココさんに会ったのは椿さんという人とこよみさんだけ。今から探すという人と指輪を交換するほど仲が良いとも思えませんし、消去法でこよみさんかなと」


 見事に相手を推測されてしまった。私よりも探偵としての才能あると思うナツメには。

 ……と、あまり悠長に考えてもいられない。この指輪のことをそれに至るまでの経緯まで洗いざらい正直に話して、ナツメにまずは謝罪を――


「あ、あのねナツメ。これには事情があって」


「先を越されちゃいましたか」


「――え?」


 突然、私を見下ろすような姿勢をしていたナツメが私の目の前に傅く。包み込んだ手の内、指輪をはめている右手のみを両手でもって。


「ココさん、私も貴女を愛しています。どうか私の愛を、受け取っていただけませんか」


「ち、ちょっと待って。頭が混乱してきた。少し時間を」


「待ちません、今すぐに答えてください」


「ッ……ナツメはいいの? こんな何の取柄もないような人間が相手で」


「いいえ、ココさんでなければダメなんです」


「っでも、今私は最低なことをしてるんだよ!? こよみだけじゃない。シルクさんやテトさん、もしかしたら私の友達になる人たち全員に同じことをするかもしれない」


「同じ女性として貴女に告白を申し込んだ時点で、すでに世間の常識を一つ破っています。今更一つ二つ破ったところで変わりはしません。それに私、皆さんと一緒は嬉しいですよ?」


「ッッッ」


 次々と言葉をナツメに送っても、彼女はこよみの時と同じく悉くを否定する。

 今更危険であるとは言えず、もうこれ以上彼女に伝えるべき言葉は見つからないとなった時、改めてナツメは行動を起こす。


 ――ナツメは、私の右手にキスをした。


「ナツメ!?」


「――例え愛の告白を受け入れてもらえなくとも、私は貴女の側を離れません。末永く私を、ナツメを使ってくださいね」


「使うって……」


 手の甲へのキスは忠誠の証。ナツメは今ここで私から告白を断られたとしても、ずっと側にいるということを行動で示してきた。さらに続けて、″ 自分を使え ″とも。

 ……ナツメは策士だ。私が友達の思いを裏切れないことを知っててこういうことを言う。


「――わかった。ナツメ、こんな私で良ければよろしくお願いします」


「ココさん!!」


「ただし! 私は強制はしないからね! 嫌だと思ったことはやらなくていいし、疑問に思ったことはちゃんと伝えてね!?」


「わかりました! これからよろしくお願いします!! えへへ」


 はぁぁぁぁ、これで二人目の恋人ができてしまった。どのみちぶつかる問題ではあったけれど、だからってこんな立て続けに来なくってもいいじゃん、神様の馬鹿。


『失礼、そろそろ工業区に到達する頃かと思い連絡を――』


「「わああ!?」」


『? 何かありましたか?』


 突然のテトさんからの幻聴に、私たちは揃って驚きの声を上げた。道のりは前途多難でも、なんとなくうまくいきそうな気がしたのだった。


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