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お泊りと息抜きと 第九十話



 現在、会議が終了し、時間的にはすでに日没を迎えた頃。


「戻りましたー!」


「買ってきましたよー今晩の食材」


 私とナツメが晩御飯の買い出しを終えてシルクさんの図書館へと帰ってきた。

 会議が終わった時点でもう日も暮れ始め、前述の規則の件もあって捜索は翌日に持ち越し私たちはそのまま、お泊り会を開始することとなった。


 なぜ私とナツメが沢山の食材を抱えているのか。それは晩御飯の準備をそれぞれのペアで分担して行うことになり、私たちのペアは食材の買い出し係に任命されたのだ。


「お帰りなさい二人とも。仕込みの準備はできてるわ」


「道中で問題はありませんでしたか? ココさんのことがすでに広まっていたとか」


「それが、私どころかエリさんのことも全く知られてないみたいです。一国の王女がいなくなったなんて、普通なら大事件なはずなのに」


「私もそう思う。ちょっとだけフードを外してもみたけど私のこと気にする様子はまったくありませんでしたよ」


 これはやはり、レンが裏から手を回してくれていると考えて間違いない。いくらなんでも王女様がいなくなって一日半何もしないのは悠長がすぎる。話には聞いていたが、女王は本当に自分の娘に冷たい。


「まぁまぁ、今はひとまずそういったことは忘れちゃいましょう? せっかくのお泊り会なのよ?」


「……それもそうですね。では気を取り直して、じゃじゃーん! お肉とお野菜沢山買ってきましたよ!!」


「ココさんと私でなるべく安くて大きい野菜を探し回りまして。おかげで今日の食材には自信あります」


「へえ、二人ともやるわね」


「食材を仕入れる瞬間を初めて見ましたわ。皆様はこうしてその日の食事をとるのですね」


「すご~い!! この白菜なんて私のスライム二匹分くらいあるわよ~!?」


「微妙に例えがわかりづらいですよシルク様。しかしほんとに立派ですね、このきのこなど傘がこんなに」


 買ってきた食材はどれも好評を博している。ナツメに頼み幾つかのお店を回って正解だった。

 今日は全員で六人で一つの鍋を囲むのだ、量が多くて困ることはない。……余ったらその分多く食べられるなんて考えてないよ? ほんとだよ?


「もうテトちゃんたら、きのこだなんてお下品ですわよ?」


「あらあら、テトさんもそのようなお年頃なのかしら~?」


「お二人ともおちょくっては駄目ですわよ~? 誰しもそういった時期は来るものなのですから~」


「私の口調でそのようなお話はおやめくださいまし!!」


「あら~、エリちゃんは何を誤解していらっしゃるのかしら~?」


「私たちは至って健全なお話しかしていませんことよ~?」


「「「ね~♪」」」


「くっ、うぅぅ!!」


 どうしよう。初めはシルクさんのノリに乗るだけのつもりだったのに、エリさんの反応が予想以上に面白くて可愛い。今も顔を赤らめて涙目でこちらを睨みつける彼女に心の奥の加虐心が疼いて仕方がない。

 多分隣の二人も同じ気持ちなはずだ、つまり私は悪くない!


「……こよみ。私、今晩の仕込みの前に捌くべき食材が三つ増えたようです」


「仕方ないわね。くれぐれも台所以外に血を飛ばさないようにね?」


「感謝します、では……」


「「「すみませんでしたーーーー!!」」」


 エリさんをおちょくることはとても楽しいけれど、それ以上に刃物片手ににじり寄ってくるテトさんの恐怖には勝てなかったよ。三人ともこれ以上ないってくらいの速度で綺麗な土下座を披露した。

 ちなみに私たちが揃ってテトさんにお説教を食らっている間、ちょっと目元に涙を浮かべたエリさんはこよみが優しく慰めてくれていた。


 土下座した後の私達? そりゃあすぐに悪ノリをエリさんに直接謝罪したよね。でもその時のエリさんの返しがまた可愛くて


「……今度やったら、私が鋭くした針千本飲んでもらいますからね?」


 と、なんとも子供っぽい返しが返ってきたのだ。何この可愛い生き物!! ……罰自体はほんと洒落になってないけど。臓器を内側から刺そうなんて恐ろしい子ッ!?

 思ったよりエリさん怒ってた。



 さて、そんなこんなで場面は本調理。担当はエリさんテトさんペア。

 お鍋に使う出汁の準備をテトさんが、食材の加工をエリさんが分担して行っている。


「エリさん、包丁使うの上手いですね」


「当然ですわ。私は今まで苦手を克服するため、それはもう血の滲む努力を重ねてきたのですから。料理をはじめ、私にできないことなどないのです」


「おぉ!!」


「テトラさん、今回のお鍋のお出汁はなんですか?」


「今夜は昆布出汁を基本にした醤油鍋を予定しています。先日交易区の方で素晴らしい乾物の昆布が手に入りましたので、せっかくですし風味を活かそうかと」


「鍋のお出汁ってそうやって作るんですか。私が鍋をするときは、いつも水で食材を茹でてタレにつけて食べてました」


「わかるよナツメ。鍋って出汁まで作ろうと思うと意外とめんどくさいからね」


「ですよね」


 うんうん、これぞ年相応の女の子同士の会話って感じだ。一人暮らし故の苦労に共感したり、互いの特技を見せ合ったり。今までが殺伐とした会話が多すぎて逆に新鮮まであるよね。


「お風呂沸いたわよー」


「洗濯も終わったわ。そっちは順調?」


「お疲れ様、二人とも」


 などとキッチンで盛り上がっているうちに、洗濯物と湯沸かし担当だったこよみ・シルクさんペアが仕事を終えて戻ってきた。お風呂はシルクさんたっての希望でみんなで入ることになっているので、鍋を完食してから後でみんなで入りに行く。こよみもかなりの量の洗濯物だったはずだが、よくシルクさんと同じタイミングで終わらせられたものだ。私だったら間違いなく鍋の完成まで間に合わない。


 ある程度鍋の仕込みを見届けたのち、仕事のない私たちはテーブルに座り料理の完成を今か今かと心待ちにする。それから少し時間がたって……


「できましたわ!」


「お待たせしました。今晩のメイン、野菜たっぷり醤油鍋です」


 テトさんとエリさんの二人の手で、大きな鍋がテーブル中央へと運ばれてきた。未だ中身はグツグツと煮えたぎり、この音と香りだけで食欲が掻き立てられる。


「待ってましたー!」


「もうお腹ぺこぺこよ~」


「同じくです」


「いい匂いがするわ」


「お鍋に合わせるお手元のタレは、私が独自のレシピで配合した特別なものです。ご賞味ください」


 テトさんお手製の特別なタレらしいそれに、鼻を近づけ一嗅ぎ。

 香りは醤油に近いが、それと同時に柑橘系のさわやかな香りが鼻を抜け私の食欲を一段と掻き立てる。もう辛抱溜まらん! 早く食べよう!!

 さながら今の私は待機を命じられた犬の気持ちだ。


「みんな座ったわね? それじゃ、明日からの大仕事の成功と、エリちゃん、ココちゃんの問題が無事に解決できることを願って! いただきます!!」


「「「「いただきます!!!!」」」」


「おいひ~♪」


「このタレ、さっぱりしていてお鍋によく合いますね!」


「流石テトちゃんだわ~♪」


「お口に合ったようで何よりです」


 その見た目に寸分違わず、味も絶品の一言に尽きる。テトさんの作ったお出汁や特製のタレはもちろんのこと、エリさんの完璧な加工のおかげで食材に均一に火が通りお鍋をより最高のものにしている。

 お美味しすぎて一人でこの鍋三杯は余裕で行けそうな気がするよ。


「あっっつ!? し、舌が」


「大丈夫? 落ち着いて食べなさいな」


「ご、ごめんなさい。私、重度の猫舌なものでして……」


「「「(なにそれ可愛い)」」」


 鍋の最中これまたエリさんの可愛い一面を発見し、みんなで鍋を突き心行くまで楽しんだ。

 その後は互いにお風呂で背中を流しあったり、同じ部屋で寝る際に誰が何処に行くかでひと悶着あったりしたものの、今日だけはこの場にいる全員がこのかけがえのない時間を精いっぱい満喫できたことだろう。


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