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夜明けと新生活 第八十六話



 ―― 一夜明けて、窓から日差しが差し込む明朝。私の病室の扉を開き中へと誰かが入ってくる。


「……何をしていますの?」


「あ~ん」


「あ、エリさんおはよ~」


 部屋を訪ねてきたのはエリさん。昨晩は私とは別室で入院したらしい。頬や腕の一部に手当の後はあるが、私みたいに包帯を巻き医師から動くことを止められるほどの傷はないようで安心した。


「おはようございます。そちらのこよみ……さんも、昨日は助かりましたわ」


「特に酷い症状もなくて何よりよ。今日で退院よね?」


「元々、経過観察のための入院でしたから。それで、あなた方は何を?」


「ココに朝食を食べさせているのよ」


 えぇ、はい。私は今両手を使うことをこよみに禁止され、口元に運ばれてくる病院食を一口一口咀嚼しております。もちろん、こよみのあ~んで。

 さっきまで二人しかいない病室だったから何事もなく受け入れられたけど、エリさんが入ってきてからというもの、一気に気恥ずかしくなってきた。


「あの、こよみ。エリさんも来たことだしそろそろ腕を使わせてもらっても」


「駄目よ。入院中は私がお世話するって散々話したじゃない。はい次」


「ほんとに何を見せられているんですの?」


 その思いももっともでございますエリ様。昨夜から正式に恋人関係になってからというもの、こよみはナツメに負けないくらいにべったりするようになった。いやぁびっくりしたよね、朝起きたら目の前にこよみの可愛い寝顔があったんだもの。

 その前に一度帰ると話していたから、てっきり朝また来るってことだと思うじゃん? 違うんだなぁ着替えを取りに行ってただけなんだなぁ。まんまと言葉の綾に引っかかったぜ。


「……んん! 今はそんなことより、食事の手を止めていただけるかしら。ココとお話ししたいことがございますの」


「話?」


「ええ、彼女と二人きりで話したい大事なことですわ。申し訳ありませんが、こよみさんには一度席を外していただきたく」


「どうして? 私に聞かれるとまずい話?」


「とてもまずい話ですわ。これに関わってしまったら貴女は、二度とこの街で平穏な暮らしは望めなくなるほどの――」


「もしかして、貴女が王女様なことと関わりある話?」


「あ、うん」


「話したんですの!?」


 私が彼女と恋人になった都合、彼女を関わらせないというのはどう頑張っても不可能になってしまったわけで。どのみち関わることになってしまうなら先に事情を話しておいた方がいいと思ったのだ。

 まぁ、関わった経緯と入水に至るまでの話を伝えたら思いっきり泣かれてしまったけど……。ごめんね、貴族区に行った理由はどうしても話さないといけなかったんだもん。


「このお馬鹿!! 彼女にもしものことがあったらどうするんですの!?」


「ごめんなさいー! だってもう彼女が私と関わらないなんて不可能なわけですし、それなら開き直って全部伝えた方がいいと思ったんですー!」


「あぁもう!! せっかく貴女と私のみで事態を解決できるよう、一晩掛けて考えておりましたのにー! 申し訳ありませんこよみさん、勝手にこのようなことに巻き込んでしまって……」


「いいの、気にしないわ。それと、あまりココを怒らないであげて? 今回の件は私が進んで関わると決めたことなの」


「貴女が? それは、どういう?」


「ココにもしものことがないように、ということよ」


 笑顔で堂々とエリさんに反論するこよみ、かっこいい!!

 まぁ悪ふざけはここまでにするとして、実際こよみに協力をお願いするのは悪くないことだと思う。もちろん本人の同意を得た前提で話すが、国全体を動かせる女王を相手に二人で立ち回るのは無理がありすぎる。

 片や街に来て数か月の旅人で片や貴族区在住の王女、あまりにも人々の暮らしを知らな過ぎた。


「……はぁ、まぁ関わってしまった以上仕方ありませんわね。このまま話を始めると致しましょう」


「はーい」


「貴女はもっと緊張感を持ちなさい!!」


「いったぁい!?」


 傷の場所をピンポイントで叩いたよこの王女様!? 病人に対する暴力反対だーー!!

 いやまぁ実際、一番手っ取り早く問題を解決する方法は私が直接貴族区に行って女王のもとに出頭することなんだよ。前にレンには、王女様がらみの責任はすべて私のせいにすると約束させたので、女王にはエリが私を逃がしたことは伝えられていないはず。

 ……責任?


「まったく。話しますわよ? 今私とあなたがと直面している問題は、今後の生活基盤と問題解決のための方法ですわ。レンが敵となってしまった以上、今ここにいる私たちがこちら側の戦力のすべてです」


「戦、力? なんかまるで国と戦うみたいな話になってません?」


「少なからずそうなるでしょう。母様はそんなお人なのです」


「でしょうね、女王だものね」


「えっもしかしてこよみもそれを前提に?」


「もちろんよ」


 こよみの覚悟の重さを、私は見誤っていた。こよみだけじゃない、前々日の夜のシルクさんたちの言葉の意味も。

 武力解決は初めから考えていなかった私とは違って、皆は危険を承知で私の味方をしてくれていたのだ。


「生活基盤についてはさておき、女王との直接対決に備え私から一つ提案があるのですが」


「提案? 何か心当たりでも?」


「……私、″ 革命派 ″と接触を図ろうと思います」


 革命派。かつて工業区でレンと会話した時にも聞いた単語だ。椿さんがかつて所属していた組織は、その革命派の大きな資金源だったとかなんとか。


「革命派と?」


「大丈夫なの? 革命派を構成する人の中には国に恨みを持つ人も多いって聞くわ。そんな場所へ王女である貴女が行ってしまえば、大変なことになるわよ」


「そこは相手の考え方次第、ですわね。こよみさんの仰るように、私に攻撃を仕掛けてくる人たちは必ずいるでしょう。しかし私は、彼らが必死になって集めている貴族区への侵入経路や城内の詳しい情報を持っています。これを交渉材料に組織のトップと対話を行うことができれば、無下な扱いは出来なはずです」


「自分のすべてを相手に売るってこと?」


「ええ、私にできることはすべて行うつもりですわ。問題は――」


「革命派の本拠地がわからないこと、ね」


「わからない? 革命派が集まる場所が?」


「ご明察ですわこよみさん。その通り、今現在に至るまで革命派の本拠地は割れておりません。なにせあの女王の目と兵力を相手に長年欺き続けているのですから、そう簡単に見つけられるとは……」


「そっか……」


 革命派の本拠地か。確かに国の力を全部使ってなお今まで見つかっていないのだとしたら、何か特別な伝でもない限り私達では到底見つけられないはず……――


「――あっ」


「ココ?」


「何か手掛かりでも思いつきましたの?」


 そうだ。間接的とはいえ革命派と関係がある人を一人知っているじゃないか。


 ―― 椿さん!! ――


 そうだ、彼女がいた! ……でも、


『あいつらから奪った分の負債は、利子含めて全部返してもらうぜッ』


 あの人とエリさんを近づけるのはー……まずいよなぁ


「一応確認しますけど、その革命派の本拠地を案内してくれる人がいたとして、エリさんが直接そこに乗り込むんですよね?」


「もちろんですわ」


 ……これ、エリさんにとって前後に敵を置くことにならない?


「や、やっぱり何でもないです」


「なんですの? 気になりますからすべて話してくださいまし」


「だだだ大丈夫ですなんでもないですただの子供の戯言ですから」


 現状手掛かりになりそうなのは椿さんだけか。うーむ、椿さんをどうにかしてエリさんと仲直りさせるところから始めなくちゃいけなくなったなぁ。

 そのためにはまず椿さんの居場所を探るところから始めなくちゃいけなくて――――


 ――――ここは、皆の力をお借りしよう

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