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一生の宝と誓いと 第八十五話



 こよみはそう言い、手のひらに形作った指輪を人差し指と中指の二本でもって優しくつまみ姿勢を整える。


「え、あの……それって、とても貴重なものなんじゃ?」


「そう。一生に一度、世界でたった一つしかないとても貴重なものよ。これを送る相手は、ココに決めたの」


「そんなに? ……いやいやいや!? そんな貴重なもの受け取れませんよ! どうかそれはこよみさんが――」


「いいえ、これはココに受け取って欲しい。なぜならこの指輪は、私の誓いを証明するためのものだから」


「ちか、い?」


 病室の床に互いに正座をしたまま向き合い、私もこよみも緊張の面持ちで相手の瞳を見つめあう。

 一回、二回とこよみは深呼吸を繰り返し、唇が震えるほどの緊張した表情から覚悟を表明する力強い顔つきに変化する。それに合わせて、私も気持ちを切り替え紡がれる彼女の言葉を待った。


「……ココ」


「は、はい」


「スゥ……私は貴女を、病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しき時も、貴女だけを特別とし、愛し、敬い、慈しむことを誓います。もしもこの気持ちを受け入れてもらえるのならば、その証明としてこの指輪を受け取って欲しい」


「その言葉!? まさか、この指輪の意味は!?」


「貴女をただ一人の恋人として、愛することを認めてほしい。これは、そのための結婚指輪」


 ……今まで、私のことを大好きだと言ってくれた人たちは沢山いた。キリエやシルクさんをはじめ、椿さんやサクヤさんからも愛の告白を受け取った。だがここにきて、告白を飛ばし誓いの言葉とともに指輪を渡してくる人がいるとは想像もしなかった。

 しかもそれが、今現在に至るまで一番かかわりの少なかったこよみからだとは。


「ど、どうして私、なんですか? こよみならこれから先、もっと素晴らしい人と出会うことだってあるはずです。(癪だけど)かっこいい男性の一人や二人とお付き合いすることだって。それに私、女の子ですし」


「貴女がいいの。初めて私のすべてを受け入れてくれた、私の味方をすると言ってくれた貴女が」


「ッ。きっと、話せばキリエもわかってくれますよ。それに事情を知っているというなら、私だけじゃなく椿さんだって――んっ!?」


「ん――」


 私を選んだら碌なことにならないと何とか説得を試みようとした私の唇を、こよみはうるさいとでも言わんばかりに強引に奪い取る。会話の途中で開かれっぱなしだった口腔に彼女の舌が入り込む。


「んちゅぅ……ん……」


「ん! んん……ん」


 ねっとりと、一方的に私のすべてを蹂躙するかの如き濃厚な口づけ。距離が近いせいかいつもより強くこよみの香りを感じ取ることができ、昼間とは違った意味で頭がぼーっとぼやけてきた。


「ん……んん……はぁ」


「っはぁ……はぁ……こよみ……」


「ファーストキスはキリエに取られてしまったけれど、大人のキスは初めてでしょう?」


「はぁ……はぁ……なんで」


 口からの刺激があまりにも強すぎて、若干舌足らずな言葉で私はこよみに問う。

 他ならぬ彼女自身が言ったように、私は友達のためなら命すら投げ出す身勝手な人間だ。必ずしもこよみのために命を懸けるとは断言できない。

 そんな人間を恋人にしようものなら待っているのは悲しみと絶望の未来だけ。これから結婚する新郎新婦のような、希望に満ちた未来への誓いを立てられるわけなどないのだ。


「なんで、私なんですか。どうして……よりにもよってこんな……私を」


「ココ、貴女は私によく似ているわ。とてもそっくり」


 どうしてこんなどうしようもない人間を愛せるのか、どうしても理解できない私の体をこよみは優しく包み込んだ。キスの時の獰猛な雰囲気は鳴りを潜め、震える背中をとんとんと優しくたたいてくれる。


「私も貴方も、結局は同じ人を殺したくて仕方ない人間。違いを一つ言うなら、それは殺意の方向が自分に向くか他人に向くかでしかない」


「っ」


「私のことを受け入れてくれたことは確かに大きな理由の一つよ。でもそれ以上に、私は貴女の気持ちに共感できた。自分のために他人を犠牲にする事と、他人のために自分を犠牲にする事。鏡のように正反対だからこそ、私はあなたの気持ちに気づくことができたの。これと同じことを、キリエや椿さんができると思う?」


「っ!!」


 鏡。私とこよみが、鏡。

 友達のために自ら死ぬことを受け入れる私と、衝動のために他人が死ぬことを認めたこよみ。けれどどちらも死んでおらず、また殺しておらず。怖いから、それは良くないことだからとブレーキをかけ続けてきた。

 私とこよみは、まさしく鏡に映る鏡像のように反転しながら常に隣り合う存在だったのだ。


「大好き。大好きよココ。例えこの思いが受け入れられなくても、私はずっとココだけを思い続けるわ」


「――――・・・・・・」


 ――まったく。どうして私の友人たちはこうも私の深い部分を的確についてくるのだろう。

 こよみ。貴女の思いを聞いて、私が断れないことを知ってていってるよね? ……その通りだよ


「こよみ、二つ確認させてください」


「ん?」


 彼女のお胸様に顔をうずめ、直接目を合わせるのが恥ずかしいからとこのままの姿勢を維持する。

 そして、私は彼女の誓いを受け取るためにしなければならない確認をとる。


「一つ。私今、こよみ以外に五人からの告白を保留状態にしてます。多分、断ることはできないことを先に伝えておきます。それでも、本当に私でいいんですか」


「構わないわ。初めからキリエの思いを知っていて貴女に告白したんだもの、一番でも二番でも構わない、貴女といられるなら」


 一つ目の質問、即答。


「二つ。私今、新しくこの国の王女様を友達にしようとしています。もしも私に何かがあった時、こよみにも危険が降りかかるかもしれません。それでもいいですか?」


「大丈夫。私前に言ったわよね? 貴女が私に面倒をかけるかもしれないといった時、構わないって」


 二つ目の質問も、即答。完全に、彼女の中では覚悟が決まっているようだ。

 いつまでも先延ばしにしていないで、私も覚悟を決める時が来たようだ。


「……わかりました」


 これより先を話すなら、彼女と目を合わせて言わなければならない。恥ずかしいといったいい加減な態度は失礼だろう。

 彼女の胸から顔を出し、抱擁から抜け出し、距離を取り、服を整え、座りなおす。


「こよみ、いえ、こよみさん。私は本当にどうしようもない人間で、貴女が一生を捧げるには役者不足もいいところだと思います。貴女だけを愛するとは言えません、貴女の側からいなくならない保証もできません。それでもなお私を選び指輪を頂けるというのならば、私はその指輪に誓って、こよみの幸せのために尽力することを誓います」


「――――はいっ!」


 言った。私は言ったのだ。とても身勝手な理由で、こよみを私のものにすると。


「私もこの指輪に誓って、自らの衝動を封印し、ココのために尽くすことを誓います。……ココ、薬指を」


「……はい」


 静かに、ゆっくりと、確実に。こよみは私の指に白色の指輪をはめた。彼女が私を思って作ったからなのか、指輪のサイズは私にぴったりだ。

 だが彼女が指輪をはめた場所は、本来恋人がはめるべき左手薬指ではなく右手の薬指。この街では同性婚は認められておらず、しかも今回のこよみとの誓いは本来の形とは程遠い多重婚に近い状況。

 こよみはそこまで考えた上で、あえて指輪の位置を左から外し、しかし恋人としての意地もあり妥協して右手の薬指という結論を出したのだろう。


 正しい道から外れた誓いの指輪。私がそう望みこよみにさせたのだ。心にズキズキと刺さるこの気持ちは、ありのままに受け入れよう。



 ――日食が収まり、黒い月は本来の形へと戻っていく。輝かしい太陽と、煌びやかな月へと。

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