理解と覚悟と 第七十八話
しばし、無音の時間が続く。
私は受け取った情報を処理するだけで精一杯となり、椿さんもそれを察してか話すのを止めて菓子をつまむ。全身から湧いて出た変な汗が乾いてきたころ、ようやく整理にひと段落つけた私から口を開く。
「なる、ほど」
「俺がそいつを警戒する理由がわかったか。職業柄人の生き死にに関わる俺や銃にこだわりを持つサクヤですら、能力はあくまでも武器になりうるって程度のものだ。まぁあいつの場合、道具の整備も含めて好きなんだろうけどよ」
椿さんの能力は煙で構築された狼の姿を取るというもの、サクヤさんは触れたものに鉄の性質を付与する鉄纏。どちらも能力の本質は殺傷とは程遠いものだ。
キリエの影の物質化も、シルクさんのスライム生成も、テトさんの幻影も、ナツメの藁生成もそうだ。エリの鋭利化、レンの抑制だって……
「……はい、理解しました」
「あ~、わりぃ。別に縁を切れだとか説教じみたことを言うつもりはないんだ。動機はともあれ人殺しだけなら俺も言えねぇし」
こよみは、順番的にはキリエよりも早く出会った私の大切な友人。まぁ彼女の裏面を知ったことで少しびっくりはしたが友達を自主的にやめるようなことは絶対しない。つい先日友人を一人なくし、辛い思いをしたばかりなのだから。
「なんだかんだ怖い話をしたが、それはココに対しての注意喚起のつもりだったんだ。知っておいて損はないはずだし、なによりそいつが本当に人を殺すことはないと思うぜ? 多分な」
「え?」
「あくまでもココが立てた推理が正しい場合はな? ははは!」
また、私の知らない能力の性質だろうか。あれほどこよみを危険人物として扱ってきたというのに今度は信じる発言。理由は私の推理というけれど、椿さんの考えがわからない以上そう思ったわけが気になる。
「教えてください。そう思った理由を」
「そいつ、だいぶ自分の欲求に悩み続けてたんだろうよ。能力の制限の多さが物語ってらぁ」
「制限?」
「人間には本能と理性ってあるよな? 男が女を前にして欲望をこらえるあれだ。能力にも本能と理性みたいなものがあんだよ。本能が能力の性質を決める核で、理性は暴走を抑える鎖な」
「は、はぁ」
時々、椿さんの言葉にはついていけない表現が混ざることがある。反応に困るのでなるべく抑えてほしいけど、これも彼女の個性だと考えれば強制するわけにも……いや、う~ん。
「ココの予測をもとに考えると、少なくともそいつの能力には二つの制限がある。能力の発動に月光の貯蓄が必要なことと、全力発動には月が赤く染まるという環境的な条件があることだ。例として俺の狼煙の能力を上げるがな? 俺は基本欲望に忠実だから、形が狼に限定される以外に制限はない」
「……!」
「そいつが優しい性格なのは疑いようのない事実だ、じゃなきゃ今頃撃ち放題のやりたい放題だったろうさ。能力の暴走も、全力を出せる条件が整ったために起きた感情の暴走かもな」
なるほど、能力の制限。
こよみは自分自身の衝動を自覚しつつ、誰にも内面を見せずに一人で必死に耐えてきたのだろう。それと同時に私の頭に浮かぶのは、孤児院でのキリエの犯した罪をこよみが聞いた時のこと。
『……どうして、こよみは私の友達でいてくれたの。怖く、なかったの?』
『全然? だって、私はキリエの友達だから』
あの時はただ友人の罪を受け入れる優しい人という印象だったが、椿さんの話を聞いた後もう一度思い出すと、こよみは少なからず共感できる部分があったからこそ黙ってキリエの罪を受け入れていたのだ。ただ一人孤児院を離れ人の少ない深夜の船頭を職業にしているのも、全ては抑えられない衝動を抑えるためだったんだ。
「こよみ、今まで一人で頑張ってたんだね」
「起きたら一度じっくり話しあってみるといい。悩みを打ち明けられてこよみからの好感度もうなぎ上りだぜ~?」
「そんな下心なんてありません! 私を何だと思ってるんですか!」
「はっはっは! 心配すんな! お前はあのサクヤとも友達になれたんだうまくいくさ」
「まったく……ありがとうございます椿さん。いろいろ教えてもらって」
「いいってことよ」
さっきはこよみに恐怖を覚えたものの、よく考えればそれは立派な彼女の悩み。真面目に相談を受けることこそすれ、怖がり拒絶するのは違うだろう。椿さんの助言通り、起きたら面と向かってお話をしよう。
それにはまず、彼女が暴走しないことを願う。
「――――ン……」
「お、意識戻ったみたいだぞ」
「!! こよみ!」
ガサゴソと
布団の擦れる音が背後から聞こえてきた。同時に、彼女の寝起き特有の色っぽい声にドキッとしたのは秘密だ。
「ん……暗い……ここは……?」
「目が覚めましたか。体に異常はありませんか」
「その声……ココなの?」
「よかった、ちゃんと意識はありますね」
「なにも見えない……いっ! それに、体が痛いわ」
「でしょうね。ちなみ、今までの記憶ってどのくらいありますか?」
「今まで? そういえば、夢の中でココの声を聴いたような。……何か、あったの?」
私の考えた対策が、無事功を奏したようだ。声音にも問題なくいきなり襲い掛かってくることもない。
急激に体を動かしたせいで重度の筋肉痛に襲われているらしい。顔にかぶせた服を取るだけでも苦労するほどの。心配はあるが、寝起きすぐ引っぺがされなかっただけ良しとしよう。
今までに起きた出来事、ここが何処なのか、顔にかぶさった布の意味、そして椿さんのことも含めこよみには伝えた。ただ一つ、こよみの抱える事情についてだけは黙ったままだが。
「そん、な!?」
「今夜一晩は布を被ったままでお願いします。息苦しかったりのどが乾いたら伝えてくださいね」
「……ココは、どうして私の側にいるの。怖くないの、こんな人殺しの近くにいて」
『貴女……どうしてそこまで』
「ッッ!?」
今のこよみの姿が、キリエの姿と重なって見えた。どちらも私を手に掛けようとしたことを悔やみ、なお側を離れようとしない私にどうしてと聞いてくる。そんなの友達として当たり前のことなのに。
まったく、ほんとに二人は似た者同士だよ。キリエとこよみは。
「――ふふっ」
「ココ?」
「あははははっ、キリエと同じこと言ってるよこよみ~」
「キリエと?」
「うん! キリエもねぇ同じようなことを私に言ってたんだよ? どうしてそこまで~って。友達なんだから当然なのにね?」
そう、私一人の犠牲で友達が生きていられるなら喜んで投げ出すことこそ私の役目。何度も誓いを立てたというのに、今更こよみの悩みの一つや二つで怖がるんじゃないココ。
「キリエは、私みたいな人間とは違う! こんな……人を殺したいと強く願う人間とは!」
「そりゃあ違いますよ、だって貴女はキリエじゃないんですから。人が違えば悩みも違う、そんなの当たり前です。私は今、こよみの側にいるんです」
「でも! 私は人を殺さずにはいられないの! 殺したくて殺したくて仕方ないの!! 一緒にいたら、また今日みたいに暴走するかもしれない! 私に大切な友達を殺せっていうの!?」
「こよみの抱える問題をこれ以上大きくしないために私がいるんです。問題が問題故になかなか相談しづらいことかもしれませんけど、なんでも話せる人が一人いるだけで気持ち的には軽くなるかもしれませんよ?」
「でも! でも!!」
非常に物騒なことを話しながら、被せられた布の中からすすり泣く音が聞こえてくる。難儀な性格をしていらっしゃるぜこよみ~。
来たばかりの頃は話を聞くだけで精一杯だったけど、今はたくさんの友達がいる。
そしているんだよね。″ あらゆるものを抑制する能力 ″ と ″ 影を物質化する能力 ″を持つ友人たちが。




