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能力と個性と 第七十七話



「戻ったぞ~」


「あ、おかえりなさい~! ……うわ、なんですかこれ」


「見りゃわかんだろ、お菓子の山だ」


 それから数分とせず、椿さんは腕に袋を抱えて帰ってきた。

 肝心の中身はお菓子にジュースにと食事というよりはおやつみたいなものばかりであったが。


「てっきり夜食っていうからご飯ものだと思ってました」


「小難しい話の後にゃお菓子って相場が決まってんだよ。お前も栄養補給しとけ」


「えぇ?」


 袋の中身を物色してみるが、中に入っているのはどれも油で揚げた胃に来そうなものばかり。ドリンクも水のようなものは見当たらずすべて甘い果汁入りのもの。椿さんのセンスに任せて注文しなかったのはマズかったか……

 と、中に入っていた内容物に絶望と諦めの境地に達しようとする私の、唯一の希望となるものが袋の底から現れた。


「ん?」


 ムニッと、もともち柔らかい手触り。油で揚げられたカリカリのお菓子とは明らかに違う。

 私はそれを掴み底から引っ張り上げた。


「……!!」


 掴んだものの正体は、つい数時間前にたらふく食べた赤黒饅頭。そのうちの黒ゴマの入った黒饅頭であった。


「椿さん、これ」


「それか? なんか店の前を通りかかった時に戸締りしてたおっちゃんがくれたんだよ。売れ残って今日食べないと悪くなるからってな」


「売れ残り」


 私達五人も相当売り上げに貢献したはずなのに、売れ残るなんて。あのおじさん一体どれだけ張り切ってつくったんだろう。一周回って変な笑いがこみあげてくる。


「黒饅頭、か」


 そういえばキリエとテトさんが買ってたのも、こっちの黒い方だったっけ。

 みんな店主の策略にはまって、期間限定だからってこの饅頭を買ってたんだ。あの時はみんな、いっぱい笑ったなぁ。シルクさんも、テトさんも、ナツメも……キリエも


「じゃあこれいただきます」


「おう!」


 椿さんに了承をもらい、私は一口饅頭をかじる。

 美味しい。ゴマの香ばしい香りが一口で口の中を駆け巡り、時間がたってもなおふっくらとしている生地の食感と甘さを引き立てる。見た目に反してとても優しい味わいだ。


 どうしてだろう。前にも食べたはずなのに、まるで初めて食べたような驚きがあった。


「……っっ」


 そういえば私、キリエに答えを聞いた後からの記憶が曖昧なんだ。自分で買ってきたまんじゅうを食べたことも、記憶としてしか思い出せないほどには。

 ……美味しいね、キリエ。私が馬鹿なことを言い出さなかったら、貴女と一緒にもっと美味しく食べられたのかな。

 惜しいこと……したな……


「う……くっ……」


「? どうしたココ、傷が痛むのか?」


「いえ……なんでも、ないですっ!」


 涙を飲み込むために、手に持った黒饅頭を無我夢中で食べ続ける。


 ―― ごめんキリエ。私、調子に乗ってたみたい。自己満足でいい気になって、みんなの気持ちを考えてなかった。すべてが終わったら、貴女に謝罪させてほしい。そしてもう一度、貴女と ――


 水分も一切取らず、僅かな生地の破片すらも余すことなく平らげた。かなりの大食漢を自負する私だが、この時はたった一つの饅頭のみでお腹が満たされたのだった。


――――――――

――――――

――――

――

……


「んっんっんっ、プハァッ!! 運動の後のこれは格別だぜ~!」


「おじさんみたいですよ椿さん」


「いいんだよ細かいことは。見た目気にして幸せになれるかよ」


 一理ある……ような気もする椿さんの発言をスルーし、こよみが目覚めるのを今か今かと待ちわびる。痛みのせいで眠気もなくお腹も満たされた私は、何もしない時間を作らないために適当な話題を振っては長続きしないという悪循環に悩まされていた。


「にしてもまさか、この街でも一番平和な区画にこんなやべぇやつがいたとはなぁ。いやはや、何処に危険が潜んでいるかわかったもんじゃねぇな」


「それ、もしかして私のこと言ってます?」


「ちげぇよ今そこで気絶してる女のことだよ。確かこよみとかいったっけ」


「こよみのはただの暴走で、本来は他人に危害を加えるような人じゃないって何度も言ってるじゃないですか」


 暴走状態のこよみは思わず死を覚悟するくらい強くて怖かったことを否定はしないが、それだけで彼女自身が恐ろしいものとして扱われるのは納得できない。本人が望んで起こした暴走ではないのに。


「……ココ、これは冗談でもないまじめな話なんだがよ。お前は人が持つ能力についてどの程度知ってるんだ?」


「ん、なんですか急に」


 急にまじめな雰囲気を作り出した椿さんに気負けし、私は能力に関して知っていることをすべて彼女に話した。

 能力とは、人が長い時間を経て形成した人格や趣味趣向などから派生した特殊な力であること。人生で培った経験や願望から生み出されることもあること。この二点。


「なにか間違ってます?」


「……いや、間違っちゃいねぇ。でも認識が甘いな」


「認識が? 一体どういう」


 重苦しい雰囲気に耐えかねて、私は彼女に先を話すよう催促する。


「能力ってのは、内に抱える思いが強く鮮明であるほど本人の望む力を具現化しやすい。逆に言えば、具現化した能力でできることは、少なからず本人がやりたいと強く願っていることでもある」


「……」


「いまいちピンと来てないな? まぁココも知っている通り能力ってのは複雑怪奇にできててな、一目でこいつはこれがやりてぇんだなっ! ってなることは早々ない」


「知ってます。今まで見てきた能力はすべて一筋縄ではいきませんでしたから。椿さんのも含めて」


 相槌を打ちながらも、私は椿さんの言いたいことを読み取ろうと必死に頭を回転させる。

 能力の生い立ちの話が、今のこよみにいったい何の関係があるというのか。


「能力が複雑になるのも、まぁ当然ちゃ当然なんだがな。一番能力が具現しやすい十代の年頃なんて、まだ将来設計なんてできるわけがねぇんだしよ」


「……それで、そろそろ本題に入ってもらってもいいですか。なんでその話がこよみが危険だということに繋がるんですか」


「……これだけ話しても、まだわからないか?」


「はい」


 すると、椿さんは物凄く深いため息を吐き出し明らかに私を見てあきれ返っていた。特に思い当たる節はなく、なぜあきれられているのかわからない。


「はぁぁ……こよみの能力は、なんだったっけ?」


「光を矢にして放つ能力、じゃないかと思うんですが」


「そう、月の光を矢にして放つ能力。えらく具体的で、しかも具現化したものが武器だぞ武器! 用途なんて一つしかないだろ!!」


「ッ!!!!????」


 私は今、椿さんが何を訴えていたのかを初めて理解した。それと同時に、どうしてこよみを恐れたのかも。


 彼女の能力で具現化したものが光の矢、つまり武器。武器とは、人類が狩猟を目的として作った道具の一つ。使用用途は……殺傷ッ!


「そん……な……!」


「やっと俺の言いたいことを察したか。ついさっき俺が言ったことをそいつに当てはめてみろ? こいつはまだ将来もわからない小さい時から、生き物を殺したくて殺したくてたまらないと純粋に思い続けてきた人間なんだぞ!」


「ッッ!」


 私が目覚めてから今日この日にいたるまで、一度たりとも経験したことのない強い衝撃が全身を駆け巡る。

 能力が単純明快、それすなわち目的以外を考えられないほど強い願望を持っているということ。

 武器を具現化した、それすなわちこよみの願いは、他の生物を傷つけること。

 そして……おそらく彼女の標的には、人間も含まれているということ。


 私の背後では、こよみがぐっすりと寝息を立てている。彼女に背中を向けることが、なぜだか良くないことのように思えてきたのだった。

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