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抱える闇と救済と 第七十六話



 ――扉を開け、片足を引きずりながら中へと入る。


「はぁっ、はぁっ」


「おいおい、大丈夫かよココ? 無理しなくても手ぇぐらいかすぜ?」


「だ、大丈夫です。それよりも椿さんは、濡れた布巾をお願いします」


「お、おう!」


 気を失い倒れたこよみを回収し、椿さんに頼んで再びこよみの自宅に戻ってきた。

 勝手にいろいろ使うことになるだろうがそれはまた後で謝罪するとして、まずは自室のベットに寝かせるところから。


「んいしょ、と。……はぁ」


 こよみ一人を抱えるだけで息が上がった。お腹の出血と全身の骨折で人のこと言えないくらいにはダメージは深刻らしい。カーテンを閉じ、一通り作業を済ませたら私も急いで手当しなくちゃ。


「持ってきたぞ濡れ布巾」


「ありがとうございます椿さん。さて……」


 前にキリエがこよみはあまり激しい運動はできない人だと言っていたが、汗の具合や間接に溜まった熱量から見てその話は本当らしい。風邪予防のためにも一度全身丸洗いしたいところだが、気絶した人間をひん剥いて辱める性癖は私にはない。

 せめて、服を脱ぐことなく拭ける箇所だけでも汗を取らなくちゃ……


「よいしょ、よいしょ」


「……なぁ、さっきから気になってたんだけどよ。左腕どうしたんだ?」


「さっきの戦闘で、肩から指先まで全部の感覚がなくてですね。仕方ないので片手でやってます」


「腕の感覚が? はぁ、だからそういうことは早く言えっての。貸してみな」


 片腕の感覚がないことを説明すると、椿さんは自身の髪をガシガシとかき回すと私の布巾を横からかっさらう。こよみが知らない相手に肌を触られることを考えて頑張ってやってみたが、やはり両手を使えた方が作業効率はいい。猫の手……もとい狼の手を借りる気持ちで頼るとしよう。

 というか、椿さんの方が両手出ることを考慮しても断然早いや


「椿さん手馴れてますね? てっきりこういったことは苦手だとばかり」


「これでも結構綺麗好きなんだぜ俺は。家の掃除だって毎日欠かさずやってんだ」


「へぇ……あ、いえ、助かります椿さん」


「取り繕うのおせぇよ」


 人は見かけによらないってことだね、うん。これならこよみのことは任せても大丈夫そうだ。

 ならば私は私でできることをと、頭に浮かんだ思い付きに従って準備に取り掛かる。手始めに今着ている上着を床に広げ、付着した血液をもう一枚の布巾で軽くふき取る。乾燥しているのでシミになってしまうだろうが、今は穴の様子を見れればそれでいい。


「えーと……うん、これくらいなら何とかなりそうだ」


 穴は幸い背面の一か所のみに空いており貫通はしていなかった。穴自体も受けた光に比べて小さく、上から別の布をかぶせるだけでも平気だろう。


「汗全部拭き終わったぞ~。あ? 何してんだココ」


「お疲れ様です。なにって、椿さんに伝えた作戦の準備ですよ」


「作戦って、お前の来てた上着に布をかぶせたそれがか?」


「そうですよ? っと、できた!」


 幅は十分、問題は丈の短さだ。平均よりも小さい私の身長に合わせて作られた服なので、こよみに掛けるには若干長さが足りない。でももし、私の考えが正しければこれでも長すぎるくらいのはず。


「すみません椿さん、そっちを持ってもらえますか?」


「ん、おう」


「いきますよ? よいしょっと」


 椿さんにも手伝ってもらって、私の上着でできたシーツをこよみの頭から隙間なくかぶせる。息苦しいだろうが少しだけ我慢してほしい、私もこれが正しいのかはわからないのだから


「ふぅ、とりあえずこれで様子を見ましょう。念のため椿さんはいつでも戦えるように準備をお願いします」


「それは別に構わねぇが、先にやることあんだろ」


「? なにかありましたっけ」


「お前の傷の手当だよ!こっちこい!」


「グエッ!?」


 首根っこを掴まれるとはまさにこのこと。無遠慮にシャツを引っ張られたせいで首が閉まって変な声がでてしまったじゃないか! 

 服から手を離された後に文句の一つでも言ってやろうと思ったが、私の傷口を真剣に見つめる椿さんの顔を見て何も言えなくなった。


「傷は開いたままだが、出血はそこまでひどくないな。ったく無茶しやがって、傷口消毒するぞー」


「いつの間に手当道具を……というかそれ、こよみのですよねイっっっっタイ!!!!」


「うるせぇ消毒が傷にしみるなんて当たり前のことだろ」


 椿さんの容赦ない消毒攻撃がッ!? 私の脇腹の傷口に染みてッ!? 半端なくいっっっったい!?!?


「つ、椿さんもっと優しく!」


「すまねぇなぁ、俺ぁ家庭的なことま~ったくできないがさつ不器用女だからよ~?」


「あれ、もしかしてさっきのこと根にもっt」


「そ~ら、最後に傷口に布を当てんだよっ!」


「あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!」


 今叩いた! この人傷口を布越しに叩いたよ!? 深夜なのにおもいっきり叫んじゃったじゃないか椿さんの人でなし!

 ……まぁ、その後の包帯は優しかったので口には出さないよ。出さないけれどもよ!


「あぁぁ、傷口がズキズキする」


「これに懲りたら二度と他人を見た目で判断しないことだな。いろんな意味で」


「わかりましたよ~。ぷく~っ」


「わかりゃいいんだよわかりゃ。それで? そろそろ説明してくれてもいいんじゃねぇか?」


「説明? はて、私にはなんのことだか」


「……もう一回懲らしめないとダメみたいだな?」


「すみませんすみません! 話しますからその両手を止めるんだ!」


 半分脅しに屈しながら、私はしぶしぶと椿さんの求めに応えるべく口を動かす。


「私の友人に影を物質化させる能力を持った人がいるんですけど、私の上着にもその影が内側に編みこまれているんです。光を遮る、要は遮断した時にできるものが陰であるのなら、それ自体を用いれば光を完全に遮断できるかもしれないと思って」


「影を物質化する能力ねぇ……でもそれならサイズ足りてなくねぇか? 光を通さないってんなら全身覆わないと意味ねぇだろ?」


「普通はそうなんですけどね、多分こよみは違うと思います」


「?」


 意味わからねぇと言外に語る椿さんの顔に思わず吹き出しそうになるが、途端に手を動かしこちらを襲撃せんとかまえるものだから黙って続きを語る。そんな脅さなくてもいいじゃないかせっかちめ


「彼女の場合、月の光を溜め込む場所は限定されてるんですよ。具体的に言うと目です、目」


「目?」


「そうです。彼女が臨戦態勢に入った時、体の周囲が赤く輝いていましたよね? あれは多分溜め込んだ光が上限を超えて外に放出されていたんだと思います。そして、その放出された光の出どころは彼女の赤く染まった瞳」


「……なるほどな」


 暴走するこよみを家の外に出した時も、彼女は標的からわざわざ目を離して赤く染まった月を見ていた。その時は何を考えているのかよくわからなかったが、今思うと戦うために光を補給していたんだと思う。今話した瞳からの光の放出も、その時からだ。


「だから全身を包まなくても目の部分だけを覆い隠すだけで大丈夫なはずです。今話した考察が全てあっている前提なら、ですが」


「わかんねぇんじゃ仕方ねぇよ、また暴走したら私が止めてやっから安心しろ。月が赤くなってんのは今日だけなんだろ? 一晩くらい余裕余裕」


「えぇ、その時はお願いします椿さん」


 とても頼りになる彼女の言葉に安心したら、今度は骨折したと思われる背骨や左腕の痛みが気になってきた。こよみが起きてきた時の反応をうかがうために眠れないので好都合といえば好都合だが、この状態でずっと座ってるのもきつい。


「そういえばココよぉ、目だけ覆えばいいんならなんでわざわざ服丸ごとかぶせてんだ? ちぎって眼帯みたいにしてやればいいじゃねえか」


「片腕動かない私に面と向かって言えますか? それ」


「あ、そういえばそうだったわ」


「この人は……」


「悪かったよ。お詫びに夜食パシッてくるから許してくれよぉ~」


「夜食? この時間にやってる店とかあるんですか?」


「探せばな。んじゃ行ってくるわ、その間十分気を付けとけよ」


「はーい」


 夜は刻一刻と、日の出に向けて時を刻み続ける。

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